<金口木舌>尾身氏発言と近衛上奏


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 政府の新型コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長による東京五輪に関する発言に対し、ネガティブな反応が広がった。「今の状況でやるのは普通はない」という指摘を一部メディアは「謀反」と報じた。おかしな話だ

▼田村憲久厚生労働相の発言には驚いた。五輪で尾身会長が出す予定の提言は「自主的な研究成果の発表」だという。夏休みの宿題のような受け止めだ
▼これでは国民の五輪離れを加速させるだけ。田村厚労相は「誤解を招いたとしたら言葉の使い方を改めなければならない」と釈明したが、専門家の提言に真摯(しんし)に向き合うべきではないか
▼会長発言を巡る閣僚の態度に独自の視点を示したのが政治学者の原武史さん。戦争終結を説く元首相・近衛文麿の上奏に対する天皇の対応を引き「戦争の継続にこだわった昭和天皇を思い出す」とツイッターで記した
▼近衛の上奏を受け入れておれば沖縄戦や原爆は回避できたかもしれない。戦争終結と五輪開催は次元が違うという声もあろう。しかし、政府方針と異なる意見を拒むような態度は国民を不幸へと導く。近衛上奏文の顛末(てんまつ)はそのことを教えてくれる
▼菅義偉首相は党首討論で1964年の東京五輪の思い出を語った。戦後復興の成功体験を誇ってもコロナ禍にあえぐ民の心には響くまい。厳しい忠言に耳をふさぐようでは五輪成功は望めない。