<金口木舌>気持ち伝えるはがき


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 向田邦子さんの作品に「字のないはがき」という随筆がある。戦時中、東京から甲府に疎開した幼い妹からの便りが主題。字の書けない妹は、はがきに大きな丸を描き家族に近況を伝える

▼はがきはよく送られてきた。最初の頃は威勢のいい丸を描いていたがどんどん小さくなり、ついにバツに変わった。妹は心細さ、家族に会えない寂しさを伝えたかったのだろう。はがきだからこそ伝わる心情がある
▼今やメール、SNSと通信方法が増え、日常的にはがきや手紙を使う人は減っているだろう。琉球新報に毎月掲載される「琉球俳壇」ははがきによる投稿が多い。過日、「母がしばらく投稿できない」とおわびを兼ねたはがきが届いた
▼差し出し人は常連投稿者の息子。施設に入所している母親が、コロナ禍で元気がなくなり投稿を休む旨が丁寧な楷書でつづられていた。母親を思う優しさと実直さのにじむ文面にしばし見入った
▼毎年、夏の盛りに暑中見舞いを送ってくれる茨城県在住の友人がいる。夢中になっている趣味を毎年のように季節感あふれる図柄のはがきにしたため報告してくれる。はがきを読むとつながっている感覚になる
▼簡単に送信できるメールと違い、はがきや手紙は手間はかかるが、手書きの文字から伝わる滋味を大切にしたい。暦の上での立秋が過ぎると残暑見舞いの時期。友人に返信をと筆を執る。