<金口木舌>ぎすぎすした社会はごめんだ


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 「『差別』と『キャベツ』ってなんだか似ている」。コラムニストの伊是名夏子さんが以前、本紙の連載につづった言葉。コラムはこう続く。「時間をかけながら、いくつもの問題(葉)が重なりあい、何重にも包まれ、核心(芯)が見えにくいんだもの」

▼差別をする側は、自分の行動を意識している時もあれば、無意識な時もある。差別に気付いた人が傍観するなら問題が闇に葬られることもある
▼気になる記事があった。鹿島や九州大がワクチンの接種歴や検査の陰性証明を指静脈の生体情報で確認するシステムをつくった。企業や病院など施設の入り口に設け、入館時のスムーズな利用を想定している
▼社会生活と感染防止の両立へ、ワクチンを打った人とそうでない人、陰性かどうかを区別するのは、ある程度理解できる。ただ、ワクチン接種は任意。病気で打てない人もいれば、打たないを信条にする人もいる
▼最近、ワクチン接種者限定ツアーも見かけるようになった。過度な区別が進み、未接種者が不公平になる場面が増えるなら差別につながる。共同通信の調べでは、自治体の窓口には未接種者が就職活動や職場で差別を受けたという相談が数多く寄せられている
▼お得感や利便性が優先されて、差別の芯が見えなくなる前に立ち止まって考えたい。ぎすぎすした社会の空気がつくられてしまったら、元も子もない。