<金口木舌>マスさんの「チムグリサン」


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 今月初め、那覇市内で知人が交通事故に巻き込まれそうになった。飲食店を未明に閉め、交差点を歩いて渡ろうと信号待ちだった。その歩道に乗用車が乗り上げた

▼道路から離れていたのが幸いした。電柱にぶつかった車の運転手は若い女性。大きなけがはなかったようだ。茫然(ぼうぜん)自失の中、居眠りだったと言い「昼も夜もずっと働いている」と釈明したそうだ
▼長年、酔客相手に商売してきた知人があながちうそではないと思ったという。女性はそれ以上、多くを語らなかったが、子育てか介護もしているのだろうとくんだ。「まだこんな人たちがたくさんいる」とふびんに思った
▼沖縄女性の救済に心血を注いだ人が沖縄市にいた。戦後すぐのコザの街で母子家庭の保護に奔走した島マスさんだ。児童保護への尽力で知られるが、女性の自立のためにも尽くした
▼ミシンや編み機を購入し、手に職を付けさせる取り組みや、学びを重視した救護施設のコザ女子ホームを設立した。のちに「福祉の母」と呼ばれる。その福祉哲学を学ぶ、島マス記念塾が琉球大の公開講座として始まる
▼沖縄市社協が始め、2015年度まで続いた塾が基になっている。来年以降は学生が受講できる講義にしたい考え。マスさんが大切にしてきた「チムグリサン(心が痛む)」という沖縄の心根が次世代へと引き継がれていく。