<金口木舌>音に向き合う


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 高層階の外を吹く風は地上のそれと違う音がすると、エッセイストの三宮麻由子さんが雑誌に書いていた。大地と空の間を自由に行き来する風の音を「地球が深呼吸している音」と表現した

▼幼いころ、病気で視力を失った三宮さんは、日常の暮らしの中で窓外の空気の動きに耳を澄ませる。世界と自分とをつなぐ「音」のあるがままを敏感につかみ取ろうとする姿勢は、崇高さを感じさせる
▼視覚障がいのある大城加津美さんのソプラノリサイタルを聴いた。大城さんの歌声を介して、音をいとおしみ、慈しむ雰囲気がステージと客席全体に満ちあふれていた
▼先天性の病気で徐々に光を失った。29歳で網膜剥離になって以降、ほぼ完全に視力を失うと、外との関わりを絶つ。誘われて足を運んだメサイア演奏会が転機だった。ハレルヤのコーラスに「歌いたい」との衝動を抑えきれなかった。声楽を本格的に始めたのは35歳の時だ
▼母の死で歌をやめた時期を乗り越え「歌の世界に私なりに向き合いたい」と精進を続ける。今回は師らの勧めもあって10年ぶり2度目のリサイタルだった
▼「ステージをつくろうことはできない。誠実に歌うしかない」と音楽に峻厳(しゅんげん)に向き合う姿勢に感化されるのだろう。終演後「力を、勇気をもらった」との感想が多く聞かれた。研ぎ澄まされた感性と謙虚な姿勢が私たちに心の豊穣(ほうじょう)をもたらしてくれる。