<金口木舌>譲り合いの心

 県内初の交通信号機は1957年3月、那覇市牧志に設置された。後に沖縄三越となる大越百貨店の辺りで、映画館の大宝館があった。歩行者に赤、青、黄の色と音で横断を知らせた

▼新しい信号機の設置式がうるま市内で行われた。県立沖縄高等特別支援学校が4年前から設置を要望していた。学校の前の県道224号は朝夕を中心に交通量が多く、車同士の事故もあった
▼渡り初めで、右手を上げて渡る生徒や先生のうれしそうな表情が印象的だった。ただ、正門前にはこれまでも横断歩道はあった、と知ると少し複雑だ。生徒が渡ろうとしていても、なかなか譲ってもらえず、信号設置が求められていた
▼運転免許を持っている方ならお分かりだろう。横断歩道を渡ろうとする歩行者がいる際は一時停止しなければならない。道路交通法が定める運転者の義務の一つだ
▼現場は坂で、上る方も速度を出しがち。歩行者に気付いても、急制動になるため通過する人もいただろう。前出の沖縄初の信号機は道路中央に土台を置いたので渋滞を招き、改良が必要だった。信号を置けばいいということでもない
▼要は譲り合いの心だ。気ぜわしい朝夕も、ゆとりを持ってハンドルを握りたい。歩行者が安心して渡ってくれれば、譲った側も穏やかな心持ちになるはずだ。譲られた子どもたちも、きっといいドライバーになる。