<金口木舌>心の中の宝物

 首里城は大正時代に取り壊されそうになった。すんでのところで止めたのは沖縄文化の研究者の鎌倉芳太郎らだ。作業の着手直後に中止になったという。その後、戦災で失われた

▼鎌倉が大正期などに撮った沖縄の写真が1972年、琉球政府立博物館で展示された。復帰を3カ月後に控え、かつての沖縄を目にとどめたいとの思いからか多くが詰め掛けた
▼さかのぼること15年。同じ首里の博物館で螺鈿(らでん)漆器の美しさに心を奪われた少年がいた。社会見学で中城村から訪れた当時6年生の宮城清さん(73)=県指定無形文化財「琉球漆器」保持者。1年生の時の焼夷弾の発火事故で、顔には痕が残る
▼いじめに遭い、中学では教師から理不尽な暴力を受け「生きていても意味がない」とまで言われた。人間不信の中で将来を考え、思い出したのが螺鈿漆器だった。「人と関わらず生きるにはこれだ」と沖縄工高漆工科に進み、才能を開花させた
▼地元の中城で先ごろ、初の展示会が開かれ、多くの反響があった。「善意に包まれていた」。人との関わりを絶とうと入った世界。集大成の個展で多くの支えを改めて感じたという
▼ことしは鎌倉の生誕120年、没後35年。日本の伝統工芸には保持者減少で存続が危ぶまれるものもある。宮城さんは会場で漆の道を志す若者と出会った。琉球の技法を継承する作品がまた誰かの心の支えとなる。



関連するニュース







  • お知らせ


  • 琉球新報デジタルサービス



  • 会員制サービス






  • 他のサービス