<金口木舌>揺るがぬ思い

 鹿児島市から電話があった。「私も嘉義丸に乗ったことがある。因縁を感じる」。沖縄県出身者も乗せていた嘉義丸は75年前、奄美大島沖で米軍によって撃沈された

▼嘉義丸生存者の女性と負傷者を看護した女性が名護市で初めて顔を合わせた。「嘉義丸を後世に伝えたい」と二人は語った。10月27日付の記事を読み、林哲郎さん(86)が本紙に電話した
▼撃沈の3年前、奄美から鹿児島行きの嘉義丸に乗り、佐多岬付近で座礁したという。「嘉義丸は後に撃沈された。因縁めいている」。嘉義丸の歴史を伝える証言の一つだ
▼きょうは東京裁判の判決から70年。第2次世界大戦に勝利した連合国が日本指導者の戦争責任を裁いた。「平和に対する罪」などに問われたA級戦犯25人を有罪とし、東条英機元首相ら7人が絞首刑となった
▼侵略戦争を断罪したと肯定する声がある一方、戦勝国による報復として正当性を疑問視する声もある。自民党は7月まで東京裁判を含む近現代史の検証部会を開いた。組織発足の2015年、「歴史修正主義」との警戒感を国内外から招いた
▼奄美で林さんは少年通信兵だった。戦後は嘉義丸について自ら調べるなど、風化されず継承されることを願う。「当時の国民生活は最低で、指導者の責任は問われるべきだろう。戦は二度とあってはならない」。戦争体験者の揺るがぬ思いだ。



関連するニュース







  • お知らせ


  • 琉球新報デジタルサービス



  • 会員制サービス






  • 他のサービス