<金口木舌>沖縄を予見したか

 沖縄開発庁で長く沖縄施策に関わった櫻井溥(つよし)さんは著書「沖縄祖国復帰物語」で、沖縄総合事務局に籍を置く優秀で一風変わった職員を描いている。役職は通産部企画調整課長

▼この課長、いつも局内会議の終わり際に顔を出し、意見する。上司の顔は不快そのものだったが「話といい意見といい皆が感心するものだから、彼の話で局議が閉じる、ということが再々あった」
▼課長の名は池口小太郎。先日他界した堺屋太一さんの本名である。1972年5月から約2年、沖縄総合事務局で働いた。大阪万博に関わった若き官僚として名が通っていた。沖縄勤務後、「油断!」で作家デビューする
▼沖縄着任は5月15日、復帰の日であった。工事中の局舎で業務に当たった。自伝で堺屋さんは「私は沖縄に抱いて来た大きな夢と、混乱をきわめる現実の間で立ちすくんだ」と振り返る
▼「沖縄の人口を減らすな」と佐藤栄作首相に命じられていた。目指すは経済自立。力を注いだ沖縄海洋博と石油備蓄基地建設は厳しい県内世論にさらされた。海の未来を描く祭典と海を埋め立てる石油タンク建設であった
▼あす、新基地建設の是非を問う県民投票が告示を迎える。データを駆使した予測小説で時代を引っ張った堺屋さんは沖縄の混乱を予見しただろうか。「団塊の世代」を生んだ造語の名手に今の沖縄を切り取ってほしかった。