<金口木舌>兄弟関取

 1972年の5月15日、大相撲夏場所。県出身で初の関取となっていた琉王は、錦洋(にしきなだ)に押し出しで勝った。場内放送でも沖縄の復帰が伝えられ、注目を集める中での一番だった

▼それから47年、県勢初の兄弟関取が誕生した。十両昇進を決めたうるま市出身の木崎海(本名・木﨑伸之助)と兄の美(ちゅら)ノ海(本名・信志)だ。県出身6人目の関取となった木崎海は「兄と一緒に頑張って親孝行したい」と語った
▼大相撲で兄弟といえば「若貴フィーバー」を巻き起こした若乃花、貴乃花を思い起こす。勝負の世界を共にする兄弟はライバルであり、支え合う同志でもあるだろう
▼兄弟関取誕生の背景には、沖縄での裾野の広がりと優れた指導者の存在がある。木崎海は兄とともに、叔父の木﨑智久さん(県相撲連盟副理事長)の指導を受けた。強豪校の中部農林高で木﨑さんの指導を受けた力士には幕下の千代ノ皇らがいる
▼木﨑さんは「2人を沖縄の人がみんな応援している」と語る。厳しい世界を勝ち抜くには、沖縄からの声援も力になるはずだ
▼琉王(神田武光さん)は勝ち越し、負け越しを繰り返すなど苦労しながら幕内で183勝を挙げ、2015年に亡くなった。守礼門が描かれた化粧まわしを締め、故郷への思いは人一倍あったという。県勢の道を切り開いた先人も黄(よ)泉(み)の国から2人を励ましているはずだ。