私権の制限を可能にする「緊急事態宣言」は危うい。法改正は本当に必要なのか。慎重に議論すべきだ。
政府は、現行の新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正し、「新型コロナウイルス感染症」を対象に加える方針を打ち出した。
同法は「重大な健康被害の恐れがある感染症が発生し、全国的に急速なまん延が懸念される」場合に、政府対策本部長(首相)が緊急事態を宣言すると規定している。民主党政権時の2012年4月に成立した。13年の施行後、宣言が出されたことはない。
問題なのは緊急事態が発せられた地域でさまざまな私権の制限が可能になることだ。
都道府県知事は、不要不急の外出をしないことなどを住民に要請できる。学校、社会福祉施設、映画、演劇、音楽、スポーツなどの「興行場」の使用制限を要請することも可能だ。正当な理由もないのに要請に応じないときは、知事が「指示」できる。
臨時の医療施設を開設するための土地・建物の強制使用、医薬品や食品などの物資の売り渡し要請や収用、保管命令といった規定もある。
だが、感染力、病原性、まん延の程度など、どういう状態になれば宣言を発するかは明確ではない。
日弁連は12年、過剰な人権制限の恐れがあるとして反対する会長声明を出した。施設の使用制限は集会の自由を制限し得る規定である―とも指摘した。当時、衆参両院の内閣委員会が付帯決議を可決するなど、当初から多くの懸念要素があった。衆院内閣委は私権制限が必要最小限になるよう付帯決議で促した。
政府は、安倍晋三首相の指示に基づき、科学的根拠もないまま、全国の小中学校、高校、特別支援学校に臨時休校を要請した。唐突で場当たり的な対応が、国民の間に大きな混乱をもたらしている。
感染拡大を防ぐための法整備が必要だとしても、強権の発動を可能にする法律を十分な審議もなしに決めてしまうのは危険だ。法治主義を軽んじてきた安倍政権の手に運用を委ねるのはなおさら危ういのではないか。
菅義偉官房長官は、現時点で緊急事態宣言を出す状況にあるかと6日の衆院内閣委員会で問われ、「ないと認識している」と答えた。とはいえ、一斉休校と同様、首相の気まぐれな判断で宣言が発令されないと誰が言えよう。
緊急事態宣言が乱発されれば、国民は大混乱に陥り、経済活動にも深刻なダメージを与える。
恣意(しい)的な運用ができないように緊急事態宣言の要件は明確にしなければならない。首相や与党だけに判断を委ねるわけにはいかない。国会の承認を必須とした方がいい。対象となる地域の人々の意向も踏まえるべきだ。
人権を制限できる法整備である以上、国民的な合意を取り付けることが欠かせない。