<社説>東京五輪1年延期 流行の早期終息が急務だ

 新型コロナウイルス感染症が世界的に大流行する事態を受け、東京五輪・パラリンピックが1年程度延期されることになった。選手、観客をはじめ人々の安全を確保するためにはやむを得ない措置だ。

 会期は夏を軸にして5~9月まで幅を広げて検討するという。だが、来年夏までに流行が終息するという保証はどこにもない。
 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が述べたように「未曽有の危機を乗り越えた人類にとっての祝祭」として開催にこぎつけられるかどうかは依然として予断を許さない。
 各国が手を携えて感染の抑え込みに全力を挙げるのはもちろん、国の垣根を取り払い、世界の英知を結集してワクチンや治療薬の開発に取り組むべきだ。
 東京五輪は7月24日に開幕する予定だった。今後、会場の確保、宿泊施設や輸送手段の手配、ボランティアの募集、各競技の国際団体との調整、費用負担といった課題を一つ一つ解決していく必要がある。どれも難題だ。
 今夏に照準を合わせてきた選手が気持を切り替え、モチベーションを維持することも重要だ。場合によっては、競技の代表選考の見直しも検討の対象になるだろう。混乱も懸念される。
 この間、各国の国内オリンピック委員会(NOC)からはコロナ感染症のために五輪の予選が開けないことに加え、健康面の不安から大会の延期を求める声が高まっていた。カナダのNOCは選手を派遣しないことを決めている。
 そのような状況下で4カ月後に五輪を開催するのはどだい無理な話だった。安倍晋三首相やIOCの判断は当然と言えよう。
 政府の専門家会議のメンバーは「状況を見ながら開催の数カ月前に再度判断することになるだろう」(舘田一博日本感染症学会理事長)と強調している。
 万一、終息が遅れて中止に追い込まれれば、五輪を目指して長く厳しい鍛錬を積み重ねてきた選手たちの尊い努力が水泡に帰してしまいかねない。そのような事態だけは何としても避けたい。
 近代五輪は1896年に始まった。過去に中止になったことが5回ある。1916年の夏季大会、40年、44年の夏季、冬季大会である。いずれも戦争のせいだ。延期の決定は今回が初めてとなる。
 とはいえ本当に来年開催できるかどうかは、国内外で流行を終息させられるかどうかにかかっている。
 五輪憲章はオリンピズムの根本原則で「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指す」とうたう。
 その精神を改めて思い起こすべきだ。世界の国々が争いをやめ、互いに協力し合い、新型コロナウイルスの脅威を克服しなければならない。それによって五輪の意義はより一層高まるだろう。



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