<社説>緊急事態改憲論議 危機に便乗看過できない


社会
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 コロナ危機に付け込んだ改憲の動きを見過ごすわけにはいかない。

 自民党は、新型コロナウイルスの感染拡大により国会開会や選挙実施が困難な事態が起きかねないとして、緊急事態下の国会の在り方について議論するため憲法審査会を開催するよう提案している。
 自民が論点に挙げるのは2点だ。国会議員に感染が広がって総議員の3分の1以上という本会議の定足数を満たせなくなる可能性と、来年10月の衆院議員の任期満了までに感染が終息せず、国政選挙が実施できずに議員不在の事態が生じる場合への対応だ。
 自民党は、独自の改憲案4項目で「緊急事態条項」の新設を掲げている。この中で、大規模災害で選挙の実施が困難な場合に衆参両院議員の任期を延長できるという内容も盛り込んでいる。今回の新型コロナの感染拡大を受けた論点と重なる。
 緊急事態条項は大規模災害時に政府の権限を強めるもので、憲法学者からも「人権規定を停止させることもできるほどの劇薬」と批判が強かった。改正特別措置法(新型コロナ特措法)に基づく緊急事態宣言が発令されたどさくさに紛れ、改憲への呼び水にしてしまおうという思惑が見え隠れする。
 自民党はコロナ対応のための議論だとして憲法審の開催を迫っている。しかし、本当に緊急性があるかといえばその必要性は低い。
 現行憲法には、衆院解散後に緊急の必要があるとき、参院の緊急集会を開催できるという54条の規定がある。衆院が定足数を満たせなくなった場合などには、参院が代替の役割を果たすことができるのではないか。
 緊急事態宣言下という雰囲気にのまれた性急な議論は避け、二院制の機能について冷静に検討することが必要だ。
 改憲の企ては、新型コロナという危機に乗じた、典型的な「ショック・ドクトリン」のように映る。十分な議論や手続きを経ず、国権の強化や個人の自由の制限が進められる恐れがある。かつて麻生太郎副総理が「ドイツのワイマール憲法はいつの間にかナチス憲法に変わっていた。あの手口を学んだらどうか」と語っていたことを忘れるわけにはいかない。
 緊急事態宣言が出された今、国民の命と公共の福祉を守る感染拡大防止に取り組むと同時に、政府の権限運用が適切に行われているかを監視することが国会の重要な役割になる。
 事業者に営業自粛を求めながら休業補償をしない政府の方針で感染拡大防止を図れるのかといった議論も急務だ。だが、感染防止対策のために本会議の回数も抑制しようという中で、十分な議論ができるのかという懸念もある。
 改憲論議で政争を続ける場合ではない。民主主義を守り、国民の安全と生活に寄り添う議論こそ先決だ。