<社説>「黒い雨」訴訟控訴 救済を最優先すべきだ


社会
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 広島市への原爆投下直後に降った放射性物質を含んだ「黒い雨」を巡り、国の援護対象区域外にいた原告84人全員を被爆者と認めた広島地裁判決について、被告の広島県、広島市と国は判決を不服として控訴した。同時に、援護区域の拡大を視野に検証を始める。

 救済を待ちわびる被爆者の思いに応えない決定だ。そもそも国が援護区域を拡大する気なら控訴する必要はない。国は控訴を取り下げた上で被害者救済を最優先し、援護区域の拡大を進めるべきだ。
 広島地裁判決は、複数の調査から国が定めた区域以外にも放射性物質を含んだ「黒い雨」が降った可能性を指摘した。放射性物質を水や食べ物から体内に取り込む内部被爆の影響も考慮して、広く被爆者とした。
 援護区域は被爆直後の限定的な調査で指定され、一度も見直されていない。区域拡大を求めてきた広島県と広島市は被告の立場であるが「原告らは高齢で残された時間は少ない」として控訴しない意向だった。しかし、厚生労働省は区域拡大の検討を条件に県と市を控訴へと説得した。
 背景には長崎原爆で国の指定する地域外にいた「被爆体験者」らが、被爆者と認定するよう国などに求めた訴訟を巡り、最高裁が原告の訴えを認めなかったことがある。
 長崎で被爆者と認められる指定地域は、爆心地から南北約12キロ、東西約7キロで、その外側で半径12キロ圏内にいた場合、年1回の健康診断など限られた支援しかなく、被爆者健康手帳の所持者とは援護内容に差がある。
 国は長崎の判例を引き合いに控訴を決めたとしている。しかし、一審の長崎地裁は、区域にこだわらず推定被ばく線量に基づき一部の原告を被爆者と認めていた。そして長崎市も国に指定地域の拡大を求めている。
 同じ集落に住み、健康被害を受けても国が線引きした援護区域にいたかどうかで被爆者の認定が分かれるのが現在の援護行政だ。被害者の立場に立っていない。
 住民に寄り添うべき広島県や広島市が控訴に踏み切った責任は重大だ。松井一実市長は「誠につらい」と述べたが、被爆地のリーダーとして、放射線被害に苦しむ人々を救うという被爆者援護法の理念を掲げてほしかった。
 加藤勝信厚労相は援護区域の検証に当たりデータの蓄積があるとし「AI(人工知能)などを活用して分析する」と述べたが、具体策は不透明な上に時期も未定だ。高齢の原告にとっては救済の先延ばしでしかない。
 被爆者援護法は「身体に原爆放射能の影響を受ける事情の下にあった者」を被爆者と定義している(第1条)。他の戦争被害とは異なる「特殊の被害」を国の責任で救済する被爆者援護法の理念に立ち返り、被害に苦しむ人々の救済を進めるべきだ。