<社説>大坂選手の全米優勝 7枚のマスクから学ぶ


社会
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 女子テニスの大坂なおみ選手が全米オープンのシングルス決勝で2年ぶり2度目の優勝を果たした。四大大会での優勝は昨年の全豪以来で3度目。決勝戦は序盤から相手に圧倒されながらの逆転勝ちだった。大いにたたえたい。

 戦いもさることながら今回注目を集めたのは、白人警官による黒人男性暴行死事件などの人種差別に抗議するため、被害者名が入ったマスクを着用し続けたことだった。
 大坂選手がマスクに込めたメッセージは世界の多くの人々の心を揺さぶり、勇気と希望を与えた。決意に敬意を表したい。その行動はスポーツと政治を巡る議論にも一石を投じた。この問題を再考する契機にもすべきであろう。
 大坂選手はハイチ出身の父と日本人の母の間に大阪市で生まれた。3歳から米国で暮らす。今大会では1回戦から黒人被害者名が入ったマスクを入場時などに着用した。決勝までの試合数に合わせて用意した7枚のマスクを全て披露でき、差別撤廃への思いを最高の結果と共に示した。真の強さを見た思いがする。
 優勝インタビューでは「伝えたかったのは、より疑問に思うということ。人々が議論を始めてくれたらいい」とマスクに込めた思いを語った。
 全米オープンの前哨戦では、期間中に米ウィスコンシン州で起きた黒人男性銃撃事件に抗議するため、準決勝の棄権を一度表明している。
 協会などからの要請を受けて棄権はその後撤回したが、「私はアスリートである前に黒人女性。私のテニスを見ることよりも、もっと注意を向ける多くの重要なことがある」との声明を発表している。
 この事件では同州を本拠とする米プロバスケットNBAのチームが試合をボイコットし、大リーグや女子バスケットなどにも抗議が広がった。
 NBAは以前から人種差別撤廃に積極的だ。6月には八村塁選手もチームメートと「黒人の命も大事だ」の標語が書かれたTシャツを着てデモ行進した。米社会の人種差別問題は大統領選の争点でもあるが、米スポーツ界は差別撤廃を一致して訴えている。
 こうした動きに対して「アスリートは政治に関わるべきではない」という批判も強いが、大坂選手は「これは人権問題だ」と反論している。
 スポーツと政治の関係を巡っては過去に議論が続いてきた。今後も同様だろう。4年に1度の五輪は両者の分離をうたっている。日本では冷戦下の1980年に政府の圧力でモスクワ五輪をボイコットした苦い記憶もあり、「スポーツに政治を持ち込むべきでない」との風潮も根強い。
 だが国家や権力者らによるスポーツの政治利用と、抑圧された側が発する平和や人権、民主主義、正義といった普遍的価値にかかる訴えとは、やはり分けて議論を深めるべきではないか。決然たる姿勢で一戦一戦勝ち上がった大坂選手の頑張りから学びたい。