岸田文雄首相の「聞く力」は、党内向けだったのかと疑念が湧き起こる。安倍晋三元首相の国葬を巡る民意との差や、政治と宗教の関係性が問われる世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る自民党内の対応、改造内閣の顔ぶれなど迷走と言わざるを得ない。
岸田氏は主権者である国民の視点に立った政権運営を心掛けるべきだ。できないなら改めて民意を問うしかない。
10、11両日に実施した共同通信世論調査で安倍氏の国葬に「納得できない」56%、「納得できる」42%だった。国民の半数超が批判的な「国家的行事」に、公金2億5千万円を投じる大義が見えない。
共同通信世論調査では、旧統一教会との関係について、自民党と所属議員の「説明が不足している」と回答したのは89%に上った。
安倍氏銃撃事件を受け、旧統一教会との関係に対し、岸田氏は個々の議員の判断に委ねる方針だった。しかし批判の高まりを受け「関係を点検し適正に見直すよう」所属国会議員に指示したのが内閣改造2日前の8日。関係のある閣僚7人を交代したが、10日に任命した新閣僚のうち8人に関係があったことが分かっている。山際大志郎経済再生担当相は就任直後、「(旧統一教会との関係は)首相に説明していない」と述べた。チェック機能はないに等しい。
岸田氏は23日の会見で「関係を絶つよう徹底することが重要だ」と強調した。26日には全国会議員への調査を始めたが、遅きに過ぎる。「後ろ向き」という国民の厳しい目でようやく方針転換したのだ。
イベント出席や選挙協力など旧統一教会と関係があった国会議員106人のうち、8割が自民党に所属する。新内閣の副大臣、政務官も54人中22人に接点がある。霊感商法などの問題を抱える団体との関係を断ち切ろうにも、無関係な議員を探すのが難しい。
副大臣、政務官人事でも疑問がある。LGBTに対し「種の保存に背く」と述べた簗(やな)和生文部科学副大臣、「生産性がない」と月刊誌に寄稿した杉田水脈総務政務官の2人のことだ。岸田氏が21年12月の所信表明で述べた「多様性が尊重される世界を目指す」方向と対極に位置する。
2人の起用は政権として「多様性を否定する」と公言したも同然だ。杉田氏は新基地に反対する辺野古の市民運動を「規制対象にせよ」、性暴力被害者に関する議論で「女性はうそをつける」と発言したこともある。杉田氏の人権感覚を岸田氏は是認するのか。任命責任が問われる。
政策面でも迷走の印象は拭えない。原発新設の検討や防衛費増額など意思決定過程が不透明な方針ばかりだ。
高市早苗経済安全保障担当相は入閣を「つらい思い」と公言した。既に求心力を失っているのではないか。迷走政権の立て直しは容易ではないだろう。岸田氏の真価が問われている。