東京電力福島第1原発の処理水について、政府は海洋放出を24日に開始する方針を決めた。漁業関係者の反対は根強く、中国は「核汚染水の海洋放出」として反発を強めている。理解が得られない中での放出開始は認められない。方針を撤回すべきだ。
福島沖の底引き網漁は9月1日に解禁される。福島県の相馬双葉漁協は震災後制限されていた宮城県沖での操業がことしから再開されることになり、水揚げの増加が期待されている。その直前の放出開始だ。原発事故で壊滅的な打撃を受け、試験操業によって生業(なりわい)をつないできた福島など東北の漁業者の思いを踏みにじるようなものだ。
漁業者の不信は、今夏放出ありきのようにして作業が進められてきたことにあるのではないか。政府・東電が「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」と約束をしてきたにもかかわらずだ。
岸田文雄首相は「漁業者が安心して生業を継続できるよう必要な対策を取り続けることを全責任を持って約束する」と強調した。放出によって子や孫が漁業を継ぐことをあきらめてしまうようなケースを想定しているのか。約束の言葉があまりに軽い。
「寄り添う」と言いながら地元の思いを顧みず、既定方針を進めていくやり方は沖縄の米軍基地問題にも通底する。問われているのはこの国の民主主義の在り方だ。
対抗措置として日本産食品の検査を厳格化している中国、香港は海洋放出が始まれば水産物禁輸を拡大する方向だ。中国は7月上旬、日本からの水産物に全面的な放射性物質検査を開始した。通関に時間がかかって鮮度を保てないため、日本からの鮮魚の輸出は事実上、停止している。
放出開始前の対抗措置は強硬な手段だが、それだけ懸念が根強いのだろう。中国と香港は2022年の日本の水産物輸出額でそれぞれ1、2位を占めた。影響は甚大だ。
日本政府は処理水の放出計画が国際原子力機関(IAEA)から「国際的な安全基準に合致する」とお墨付きを得ていると強調する。これが示されたのは7月のことだ。周辺国への説明は十分と言えないのではないか。
いくら安全だと説明されても、放射性物質が及ぼす影響への恐れは簡単に払拭されない。全国漁業協同組合連合会の坂本雅信会長は「科学的な安全と社会的な安心は異なる」と首相にくぎを刺した。社会的な安心を広げられるよう、政府はまだまだ力を尽くす必要がある。
処理水や放射性物質の除去過程で出る汚泥の保管場所が逼迫(ひっぱく)している。ただ、汚泥の保管場所が不足しているのは、関連施設の整備で東電の対策に見通しの甘さがあった。政府の監督は十分だったのか。一連の対応について究明されないまま、放出が強行され、漁業者がつけを負わされることは認められない。