<社説>非常時の国指示権拡充 自治の侵害を危惧する


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<社説>非常時の国指示権拡充 自治の侵害を危惧する
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 地方自治の精神をゆがめることにならないか。法改正は慎重であるべきだ。

 新型コロナウイルス禍を踏まえ行政体制を見直していた政府の地方制度調査会(地制調)の専門小委員会は国の権限を拡充する答申案をまとめた。非常時であれば、個別法に規定がなくても必要な指示ができる新ルールを法制化する。自治体は対応義務を負う。
 答申案は国が必要とする事務処理を自治体に指示できる「指示権」の拡充を打ち出した。その理由に政府が挙げるのが、2020年2月に横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で判明したコロナ集団感染である。国は周辺自治体に患者受け入れを指示できれば、迅速な対応ができたとしている。
 理解できる部分もある。しかし、法の規定がないのに国が無制限に指示を出す事態になれば自治体業務は混乱する。政府は答申に沿って来年の通常国会に地方自治法の改正案を提出する予定だが、自治体側からは「指示が乱発されれば地方の自主性を損なう」として、要件と手続きの厳格化を求めている。
 「非常時」を理由としたさまざまな指示を通じて国が自治体の権限を束縛するような事態となれば、まさに地方自治の侵害である。そのことが危惧されるのだ。
 指示権が発動される「非常時」について、国は大規模な災害や感染症のまん延など「国民の安全に重大な影響を及ぼす事態」としている。しかし、その対象は漠然としており指示乱発の余地を残している。安全保障上の「危機」まで広げるならば国民の強制退去や動員、財産接収に関する指示が出る可能性がある。自治体がそのような業務を負ってよいのか。
 自治体側が懸念しているのは自主性や自立性がゆがめられることである。
 2000年の地方分権一括法の施行によって、国と地方の関係は「上下・主従」から「対等・協力」に変わった。地方自治法は自治体行政に対する国の関与は必要最小限とし、自治体の自主性や自立性に配慮するよう定めている。
 今回の答申案は地方分権一括法や地方自治法の精神にも関わる問題を含んでいる。地制調の審議に対して全国知事会は「国が一方的に指示するのではなく、現場を知る自治体の意向を国の施策に反映するなど、双方向の制度にすべきではないか」などとする意見書を出している。
 全国20の政令指定都市でつくる指定都市市長会は、国が指示権を発動できる要件を絞るなど「極めて限定的で厳格な制度」とするよう求める要請書を地制調に提出した。
 いずれも当然の主張だ。これらの声を受け、地制調の答申案は国と自治体は対等とした地方自治の原則は維持するとの考えを示している。国は自治体の意向を十分に踏まえた熟議が求められる。見切り発車の法改正は許されない。