<社説>普天間返還合意20年 「不毛の20年」繰り返すな 県内固執が過ちの原因

 生まれたばかりの赤ん坊が成人式を迎えるほどの歳月だ。それほど長期間を経ても実現しない政策は、政策の基本が間違っている。
 米軍普天間飛行場の返還合意からきょうで20年だ。日米両政府の代表が合意したのに普天間は1ミリも動いていない。政策の方向が誤りだったことの何よりの証左だ。
 なぜ間違えたのか。言うまでもなく、代替の基地をあくまで沖縄県内に求めようとしたからだ。
 そもそも合意は沖縄の基地負担軽減が出発点だった。沖縄の負担を軽減するのに、新たに沖縄に負担させる計画が「軽減」のはずはない。両政府は県内に固執した過ちを正面から見据えるべきだ。

隠された事実

 経緯を振り返る。当時の橋本龍太郎首相とモンデール駐日米大使は普天間の返還合意を華々しく発表したが、県内移設が条件だった。その際、全国も沖縄も、県内移設が動かし難い前提であるかのように思い込んでしまった。
 県内移設は、海兵隊の主要部隊と彼らの「タクシー代わり」である海兵航空団(ヘリ基地)は切り離せない、という理屈が前提だ。
 だが普天間の海兵航空団は復帰後の1976年に安倍晋三首相の地元山口県の岩国基地から移駐してきたものだ。他の海兵隊は50年代に岐阜県や山梨県から移転していた。つまり50年代から70年代までのおよそ20年間、海兵隊の主要部隊と海兵航空団は沖縄と本土に離れて存在していたのである。
 20年前の合意直後も、2005年の在日米軍再編協議でも、民主党の鳩山政権の時も、この事実は閑却されていた。だから「航空団は切り離せない」という呪縛にとらわれ、失敗したのである。
 海兵隊の移動手段は強襲揚陸艦だ。それは九州北部の長崎県佐世保市を母港とする。だから移動の技術で言えば、海兵隊はむしろ九州や中国・四国に置く方が合理的だ。
 さらに言えば、海兵隊は敵地急襲型の軍種である。専守防衛の日本の国是と齟齬(そご)がある。百歩譲って日本防衛に関係あるとしても、海兵隊は機動性を売り物にする組織である。特性から言えば、逆に常時駐留を必要としないのが論理的帰結であるはずだ。
 こうした点は外交防衛当局にとっては自明であろう。近年明らかになった外交文書や証言からは、米側が九州など本土への海兵隊移転を打診した事実も明らかになっている。だが日本政府はひた隠しにした。一般国民が安保の知識と縁遠いことをいいことに、米国と本格交渉する面倒も、県外移設で他県と交渉する面倒も怠り、さも沖縄配置が必然だと装った。

あり得ぬ差別の甘受

 近年、沖縄の民意が県内移設に毅然(きぜん)として反対するのは、隠されてきたこうした構図を認識したからだ。基地という犠牲を常に沖縄だけに強いるのは地理的必然などではなく、政府の不作為が原因だと知ったのである。理由なき犠牲を甘受するのは、差別的地位に甘んじることに等しい。結論は明らかだ。もはや沖縄で県内移設を容認することはあり得ない。
 だが政府は今もかたくなだ。菅義偉官房長官は「(普天間の5年内運用停止は)県側の辺野古移設協力が前提」と言い、岸田文雄外相は「辺野古移設が唯一の解決策」と述べた。犠牲を強要するだけの姿勢では、1ミリも動かぬ「不毛の20年」を繰り返すだけである。
 米国も第三者を装うのは許されない。普天間飛行場の滑走路付近は有史以来のこの地域の中心地だ。沖縄戦で住民が避難し、収容所に隔離されていた間に米軍が勝手に基地にしたのは、私有財産没収を禁じたハーグ陸戦条約違反である。国際法に背き、70年間も占有しておいて、「返還するには代替地をよこせ」と要求するのは、居直り強盗に等しい。
 沖縄の民意はもう揺るがない。民意の無視は自治と民主主義の否定である。近代以前の野蛮国家と称されたくないなら、日米両政府は沖縄の民意に従うしかない。
英文へ→Editorial: Twenty years wasted since Futenma closure agreement