<社説>離島住民避難先提示 戦争準備認められない


<社説>離島住民避難先提示 戦争準備認められない
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 政府は、「台湾有事」を念頭にした先島諸島5市町村の住民ら12万人の避難計画を巡り、九州北部・山口の県知事に避難受け入れを担当する市町村の案を示した。戦前の集団疎開をほうふつさせる計画だ。戦争への備えが進むことに危うさを禁じ得ない。

 沖縄が戦場になることを前提とした計画は受け入れられない。政府は、島々が標的になる南西諸島の軍事要塞(ようさい)化を止め、有事を回避する外交に全力を挙げることだ。

 政府が3日の九州地方知事会議で示した案では、宮古島市の住民は福岡、熊本、宮崎、鹿児島の4県、石垣市の住民は山口、福岡、大分の3県で受け入れる。竹富町は長崎県、与那国町は佐賀県、多良間村は熊本県としている。

 九州への避難が実行される時は、島々が戦火に巻き込まれ、土地や建物が破壊される危機に直面する。財産を手放し、仕事や学校を離れた住民たちがいつ島に戻れるかは分からない。避難先で生活基盤を確立できる保障もない。離島住民に対する過酷な想定が、「国民保護」の名によって覆い隠されている。

 避難先に指定された各県では避難者が滞在する施設の選定や食料の備蓄、医療体制構築が求められる。避難が長期化した場合の教育や就労支援も検討していくという。避難先となる地域に及ぼす負担や影響についても十分に共有されているか疑問だ。

 九州地方知事会長の河野俊嗣宮崎県知事が「積極的に取り組みたい」と語るなど、会議では前向きな声が相次いだという。沖縄県の窮状に手を差し伸べないわけにいかないという、人道的な立場からの各知事の協力表明だろう。

 だが、戦争は自然災害における救援・避難とは異なる。外交の失敗がもたらす人災だ。国の失政のツケを住民や都道府県に負わせるのは筋が違う。何より政府が計画の策定を急ぐのが、中国の「脅威」に対応した軍備強化の一端であることは見過ごせない。

 南西諸島で日米一体の軍事要塞化が進む。先島では宮古、与那国、石垣島にミサイル部隊を備えた自衛隊駐屯地を開設し、民間の空港・港湾を軍事利用できるようにする。自衛隊が米軍と軍事行動する態勢を整えながら、一般住民を前線から退避させる準備が九州への避難計画だ。

 しかし、住民保護が戦時下でいかに机上の空論に終わるかは歴史が証明している。沖縄戦を前にした集団疎開では、九州に避難する児童らを乗せた船が沈められるなど多くの悲劇を生んだ。疎開地でも食糧難に苦しんだ。疎開で住民を守れないことを沖縄県民は身をもって知っている。

 離島住民の生命、財産を本当に守るのであれば、万が一にも避難計画を発動させてはならない。緊張緩和に向けて平和外交を積み重ね、南西諸島の軍備強化を止めれば、住民の避難計画もおのずと策定の必要がなくなる。