<社説>知事に賠償請求検討 国家権力で抑え込むのか


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 自治体の長が認められた権限を行使することに対し、「権限乱用」と言い募って国が知事個人に損害賠償を求める。国と対等であるはずの自治体の長の判断を、損害賠償という脅しで抑圧することが法治国家で許されるだろうか。もはや乱訴の趣である。

 菅義偉官房長官は、翁長雄志知事が米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古の新基地建設を阻止するために埋め立て承認を撤回した場合、知事個人に損害賠償を求めることを「あり得る」と明言した。
 損害賠償を求める根拠として昨年12月の新基地建設を巡り、翁長知事が出した辺野古埋め立て承認の「取り消し」に関する違法確認訴訟で国が勝訴したことを挙げる。その上で知事が承認を撤回することは「権限の乱用だ」とした。
 菅氏は、知事が撤回して工事が中断する間、国家賠償法などに基づき人件費や機材リース代、警備費用などの損害賠償を求める考えだ。
 国が根拠とする違法確認訴訟はあくまで前知事が出した埋め立て承認を取り消した翁長知事の判断を対象としたものだった。
 今回、翁長知事が表明した「撤回」は、前知事の承認後に生じた瑕疵(かし)を問うものだ。県側は撤回の理由として埋め立て承認時に付した留意事項違反や環境への負荷、県民の民意などを挙げるはずで、前回の違法確認訴訟とは問われる内容が違う。
 そもそも菅氏の発言は、政策に反対する市民運動などを萎縮させる目的で国や企業などが個人を訴えるスラップ訴訟の性格も帯びる。
 国家賠償法では公務員個人に対して損害賠償を求める求償権があるが、専門家は県知事に対して求償権があるのは県であり、国ではないと指摘する。政権与党内に慎重論があるにもかかわらず、金田勝年法相は「所要の措置を検討している」と述べ、進める考えを示した。法解釈も都合よく自らに引き寄せ、新基地建設を拒否する民意も無視し、なりふり構わぬ姿勢が見える。
 国は過去に、米軍北部訓練場のヘリコプター着陸帯建設に反対する市民を通行妨害で訴え、スラップ訴訟だと批判された。次は県民を代表する知事を相手取りスラップ訴訟をするつもりか。
 国家権力で根強い反対の声を抑え込むのは法治国家ではない。