<社説>米軍資料公開 沖縄戦の全容解明に期待


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 県公文書館は、沖縄戦に参加した米陸軍や米海兵隊の作戦報告書類約58万4千枚を一般公開した。

 公開資料の中には、米軍が戦時中に押収した日本軍の文書や捕虜となった日本軍兵士の尋問調書も含まれる。日本軍関連の資料の大半が焼失し、沖縄戦は不明な部分が多い。地上戦の証言を検証・補完する貴重な記録である。沖縄戦の全容解明に期待したい。
 この米軍資料はこれまで米国国立公文書館や東京の国立国会図書館でしか閲覧できなかった。これからは沖縄で閲覧できる意義は大きい。
 公開されたのは、米陸軍の「第2次世界大戦作戦報告書」と米海兵隊の「地理ファイル」の沖縄関連資料。このうち「定期報告書」や「日誌」では、1日ごとの日本軍の活動や、砲撃を受けた回数、撃った回数を記録している。戦闘に関する電話でのやり取りも分単位で記録している。1中隊レベルの行動記録であるため、各地域の細かな行動が分かる。これまで知られていなかった市町村ごとの戦争が再現可能だ。
 米軍の記録と、記録されている戦場の証言とを合わせると、戦後世代でも沖縄戦の様子が具体的にイメージできるだろう。実際に資料と住民証言を照合することで壕(ごう)の場所が分かった事例もあるという。沖縄戦から72年経過して戦争体験者が減少する中で、記録資料の価値はますます高まっている。
 「捕虜尋問調書」は、捕虜となった日本兵や民間人の年齢、出身などの情報や、捕虜から聞き取って描いたとみられる地下壕のスケッチなども掲載している。日本軍の配置を聞き出し、捕虜の様子から日本軍の士気を推測するなど、米軍が詳細な分析を行っていたことが分かる。捕らえた日本兵の日記も重要な情報源だった。
 「捕虜尋問調書」の中には、防衛隊として召集された県民の証言がある。防衛隊は沖縄戦直前の1945年2月から3月にかけて根こそぎ動員された。ほとんど軍事訓練が行われず、軍装もないまま約2万5千人が動員されたといわれる。
 今回公開された尋問調書の中に、沖縄出身だということで差別され、脱走した防衛隊員の証言も含まれている。
 「軍政府報告書」の中には戦争孤児を収容していたキャンプ・コザの様子も記録されている。戦争孤児の実態解明も進めてほしい。