<社説>山城氏証拠一部却下 人権理事国の司法なのか

 司法の役割は人権の保障である。恣意(しい)的とも取れる対応はそれに明らかに反する。

 名護市辺野古の新基地建設に対する抗議活動で、威力業務妨害の罪に問われている沖縄平和運動センターの山城博治議長の弁護側の証拠請求を那覇地裁が一部却下した。
 請求が認められなかったのは、国連人権理事会が市民の抗議活動で許容される基準を定めたガイドライン(指針)や、山城議長の長期勾留などを批判した国連特別報告者のデービッド・ケイ氏の報告書などである。
 国際的な基準を明示したガイドラインを証拠採用しないことは、人権を守るべき司法の役割を放棄したに等しい。憂慮すべき事態である。
 ガイドラインの主な内容は(1)長期的な座り込みや場所の占拠も「集会」に位置付ける(2)座り込みなどによる交通の阻害は、救急車の通行といった基本的サービスや経済が深刻に阻害される場合以外は許容されなければならない(3)集会参加者に対する撮影・録画行為は萎縮効果をもたらす(4)力の行使は例外的でなければならない(5)集会による渋滞や商業活動への損害も許容されなくてはならない-である。
 これらに照らせば、新基地建設などに抗議する市民の活動は国際的にみて正当性がある。一方で、政府が東村高江や辺野古で行ってきた警備活動はガイドラインに反する。
 さらに、ガイドラインは抗議行動が法に抵触した場合でも「不相応な罰」を与えることを禁止している。那覇地裁が「不相応な罰」を否定するならば、ガイドラインを証拠採用すべきである。
 5カ月にわたり勾留された山城議長について、国連特別報告者のデービッド・ケイ氏は「不均衡な重い罪を科している」と指摘し、ガイドラインが各国政府に行わないよう求める「法の侵害に対する不相応な罰」に該当するとの懸念も示している。
 政府の対応は、人権を巡る国際的に確立された理念に明らかに反しているのである。山城議長の長期勾留を認めた司法も同様だ。司法に対する批判を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。不当な人権侵害を容認したため、証拠採用しなかったと言われても仕方あるまい。
 日本は国連人権理事会の理事国としての立場も考える必要がある。国内法の手続きに適切にのっとったとするだけではなく、国際社会の指摘を踏まえて対応する責任があることを自覚すべきだ。政府は昨年の理事国選挙で「特別報告者との有意義かつ建設的な対話の実現のため今後もしっかり協力していく」と公約したことを忘れてはならない。
 司法も人権理事国の司法にふさわしい在り方が求められている。政府に都合の悪い証拠を却下する姿勢は、司法の独立を大きく揺るがす。人権理事国の司法として疑問符が付く。政府寄りの姿勢を転換し、「人権の砦(とりで)」としての本来の役割を果たすべきだ。