<社説>優作選手賞金王に 「努力は報われる」を体現

 多くのゴルフファン、そして県民が喜びを共にしたことだろう。宮里優作選手が男子ゴルフの日本ツアー最終戦、日本シリーズJTカップを制し、初の賞金王に輝いた。

 選手会長が賞金王となるのは史上初。賞金トップは県勢男女を通しても初めてである。偉業達成をたたえたい。
 併せて優作選手や聖志選手、今年引退した藍さんの3きょうだいを技術だけでなく、人間的な魅力を備えたトップレベルのゴルファーに育てた父優さん、母豊子さんにも称賛の拍手を送りたい。
 優作選手は1994年日本ジュニア選手権中学生の部で優勝したのを皮切りに、2001年に日本アマチュア選手権を制した。02年は日本オープン選手権で2年連続ベストアマに輝き、日本学生選手権では3連覇を達成した。
 アマ時代にはプロの26試合に出場し、ベスト10入りは9度。プロであれば、01年は約3千万円、02年は約1200万円の賞金を手にしている。プロを脅かす存在となった優作選手は「10年に一人の逸材」と関係者をうならせた。
 03年1月にプロデビューした。5カ月後のJCBクラシック仙台では優勝こそ逃したものの、2位に入った。国内ツアー参戦5試合目で優勝争いを演じたことで、優勝近しを予感させた。
 その後は上位争いには加わるものの、最後に崩れるパターンが続いた。13年12月の日本シリーズJTカップでツアー初優勝するまでに11季を要した。優勝を狙える位置を意味する「最終日最終組」16度目での栄冠だった。
 14、15年は各1勝。選手会長に就任した16年は優勝はなかった。人気が低迷する男子ツアーを盛り上げようとスポンサーや関係各所を飛び回る日々が続き、練習時間も満足に取れない時期があったことも影響した。
 だが選手会長2年目の今季は選手として飛躍の年になった。5月の中日クラウンズで優勝後、国内メジャー戦では10年ぶりの沖縄開催となった日本プロゴルフ選手権日清カップヌードル杯で逆転優勝を飾り、国内三大大会初制覇を果たした。10月のツアーワールド・カップも制し、全選手で最多の4勝を挙げた。
 この間、低迷期から抜け出そうと、人知れず重ねた努力もあったはずである。藍さんも優作選手の初優勝の際に「腐らずこつこつと努力しているのを知っていた」と話している。優作選手の11年の軌跡は「努力は報われる」を体現したと言えよう。
 優作選手は最終戦での逆転賞金王について「自分を信じて、これまでやってきたものを出そうと思ったが、それ以上のものが出た」と謙虚に話していた。
 おごらない人柄がファンの心をつかむ。賞金王を勝ち取った劇的な最終戦は、大勢のファンが万歳三唱した。ファンに夢を与え、心を揺さぶるプレーが来季も見たい。