<社説>新年を迎えて 自己決定権が試される


この記事を書いた人 琉球新報社

 新年を迎えた。2018年の沖縄は、自己決定権が試される年になるだろう。

 50年前の1968年2月1日、アンガー高等弁務官は11月に行政主席を直接選挙で決めると発表した。
 米国は当初、主席公選を実施する計画だったが、52年に突然無期限に延期した。公選にすれば、強い個性と魅力のある政策を持ち、米国の言いなりにならない候補者が当選することを懸念した。それで自らの代表を自ら決める自己決定権を封じた。
 以来、高等弁務官に任命された行政主席らは、自らの立場を「緩衝地帯」(比嘉秀平氏)、「代行機関」(当間重剛氏)、「主権在米」(大田政作氏)と自嘲気味に表現した。それでも県民は自治権の拡大の象徴として主席公選の実現を訴え続け、米国の政策を変更させた。この歴史を忘れてはならない。
 68年の初の主席公選は「即時無条件全面返還」を訴えた沖縄教職員会会長の屋良朝苗氏が当選した。有権者は基地のない沖縄、平和憲法下の日本へ直ちに帰るという屋良氏の主張に賛同した。
 しかし、その民意は日米両政府の沖縄返還交渉の中で無視され、日本復帰後もほとんどの米軍基地は残った。今でも国土面積の0・6%の沖縄に米軍専用施設の70・38%が集中する。これは不平等だ。
 今年は名護市長選、県知事選が実施される。名護市辺野古の新基地建設の是非が主要な争点になる。
 米軍普天間飛行場の危険性の除去を口実に、日本政府は辺野古に新基地建設を強行している。だが、昨年10月の衆院選は1~3区で新基地建設反対の候補が当選した。2016年の参院選沖縄選挙区、14年の名護市長選、知事選、衆院選も反対が明確に示された。再び民意が問われる。
 今年の干支(えと)、いぬ年の1946年1月、連合国軍総司令部(GHQ)は、北緯30度以南の南西諸島を政治上、経済上、日本から分離すると発表した。この年の4月、米海軍少佐がこう発言した。「沖縄の軍政府はネコで沖縄はネズミである。ネズミはネコの許す範囲でしか遊べない」。軍政の実態を端的に表している。同じ年の11月、日本国憲法が公布された。日本と切り離された沖縄住民は、戦争の放棄を掲げる条文を知り、平和憲法に憧れたという。
 72年、沖縄は平和憲法の下に復帰した。しかし、米軍による事件事故、新基地建設強行にみられるように、今でも平和主義や基本的人権の尊重など憲法の基本理念がないがしろにされている。国会で改憲勢力が3分の2を占める中、今年は憲法改正が国民的な議論となるだろう。
 明治改元から150年の節目の年でもある。この間の歴史を顧みる時、改元から11年後の1879年に日本政府が「処分」と称して琉球を併合し、主権=自己決定権を奪ったことに留意したい。