<社説>裁量労働不適切データ 働き方法案提出見送りを


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 誰のための「働き方改革」なのかが問われている。

 厚生労働省は、裁量労働制で働く人の方が一般労働者より労働時間が短いとするデータが不適切に処理されたものだったと認めた。
 それでも裁量労働制の対象拡大を含む働き方改革関連法案を今国会に提出する方針は変えない。ただし裁量制の適用拡大の施行時期を予定より1年遅らせる検討に入った。小手先の対応にすぎない。
 政策の根拠となるデータが誤っていたのだから、今国会への法案提出を見送り、裁量労働の実態調査をやり直すべきだ。
 問題となっているのは「2013年度労働時間等総合実態調査」。厚労省は残業や休日労働の実態、裁量制の状況を把握するため全国の企業などを調べ、この結果を基に1日当たりの働く時間の平均的なケースについて、裁量制は9時間16分で、一般労働者の9時間37分より短いと結論付けた。
 しかし、比較方法に問題があった。一般労働者には1カ月で残業時間が最長の日の時間数を調べ、裁量制は実際に働いた時間を調べた。条件の違うデータを比べても意味がない。裁量労働の方が短いように数字を合わせようとしたのなら、国民に対する背信行為だ。
 1月末の衆院予算委員会で安倍晋三首相は、今回のデータを紹介し、裁量労働制により働く時間が短くなるかのように答弁した。問題が発覚して発言を撤回したが「厚労省からデータが上がってきたので参考にして答弁した」と、厚労省に責任転嫁した。首相の答弁姿勢は誠実さがない。
 政府は、この調査結果以外に、裁量労働の方が時間が短いことを示すデータを持っていない。客観的な裏付けが失われ、議論の前提が崩れたことになる。不適切なデータを3年間使い続けた厚労省の責任は重い。
 労働政策研究・研修機構の13年調査によると、裁量制の人の月平均労働時間(194・4時間)が一般労働者(186・7時間)を上回っており「裁量制の労働者の方が長時間労働の割合が高い」という結果が出ている。
 裁量労働制の拡大は、経済界が要求していた規制緩和の一つだ。裁量制は仕事の進め方や働く時間を自ら決められる人が対象とされ、政府や経済界は「多様で柔軟な働き方になる」と強調する。
 しかし、あらかじめ定められた「みなし時間」を超えて働いても残業代が発生しないため、時間管理が甘くなり、長時間労働の温床になっていると指摘されている。
 厚労省によると、11~16年度、裁量制で働き、過労死や過労自殺(未遂含む)で労災認定された人は13人もいる。
 裁量制の拡大の是非は、信頼できるデータに基づいて議論しなければならない。最初から結論ありきの政府の姿勢は国会軽視も甚だしい。