<社説>裁量労働制削除 原点立ち返り根本議論を


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 安倍晋三首相は今国会の最重要法案と位置付ける働き方改革関連法案のうち、裁量労働制の拡大を削除する方針を正式に表明した。労働環境改善の根拠としていた裁量労働データが不適切だったことが判明したためだ。削除するのは当然だ。

 しかし政府は高度プロフェッショナル制度(高プロ)など残り三つの柱を維持した法案の今国会成立を目指している。不適切なデータ判明で、法案に対する不信や不安は拭いがたいものになった。法案全体の議論を一からやり直すべきだ。
 裁量労働制は実際に働いた時間に関係なく、あらかじめ決められた時間を働いたと見なす制度だ。仕事の進め方が労働者の裁量に大きく委ねられる職種が対象で、弁護士や記者などの「専門業務型」と、企画や調査などを担う事務系の「企画業務型」の2類型がある。政府はこの制度を拡大しようとした。
 しかし深夜や休日に働いた場合以外は、割り増し賃金は支払われない。労働者は主体的に仕事ができるとされる一方で「実態としては裁量が少ない」「長時間労働を助長する」との指摘がある。
 実際に20年余り前、裁量労働制で働いていた当時24歳の雑誌編集者の男性が過労死し、2002年に労災認定されている。結果的に柔軟な働き方よりも過重労働を強いられる側面があることを示している。
 それにもかかわらず、安倍首相は1月末に厚生労働省の裁量労働データを持ち出して「裁量労働制で働く人の労働時間は一般労働者よりも短いというデータもある」と述べ、過労死増加を懸念する野党の指摘に反論した。
 このデータが極めてずさんだった。一般労働者に「1カ月で最も長く働いた日の残業時間」を聞き、裁量制で働く人には単に1日の労働時間を尋ねるという不適切な調査手法だった。その後も「異常値」が次々と見つかり、野党側が調査データで233件の不自然な点があることを加藤勝信厚労相に認めさせた。
 政府が盛んに強調した裁量制の労働時間縮減効果を支える根拠が崩れたのだから、削除するほかない。だが法案の問題点はこれだけではない。野党が「残業代ゼロ法案」と批判する高収入の一部専門職を労働時間規制から外す高プロの導入が法案に残っている。
 高プロの場合、裁量労働制には認められている深夜、休日労働の割増賃金が支払われない。労働者を守るための時間規制が全て除外されている。過労死の温床になるとの懸念が強い。
 厚労省はサービス残業の実態についても調査していない。どうすれば過重労働や過労死をなくせるのか、本当に働く人のためになる法案なのか、という原点に立ち返る必要がある。制度設計を含め議論を尽くすべきだ。