<社説>米海兵隊司令官発言 普天間巡るうそ撤回を


この記事を書いた人 琉球新報社

 またもや耳を疑う発言が飛び出した。影響力のある米海兵隊トップが発した言葉だけに、看過できない。

 米海兵隊のロバート・ネラー総司令官は2日、国防総省での会見で、米軍普天間飛行場について「非常に古い施設で第2次世界大戦にさかのぼる。建設当初の写真を見ると、数キロ以内に住む人はいなかった。今は飛行場周辺の市街地がフェンスのすぐ近くに広がる」と述べた。
 大きな誤解を招く問題発言である。
 普天間飛行場はアジア太平洋戦争の戦中・戦後にかけ、住民が収容所に入れられ隔離されている時期に、集落があった土地を米軍が奪って造った基地である。戦前、飛行場が建設された場所には集落が存在し、宜野湾村役場や国民学校があった。戦後、収容所から故郷に帰った住民は、飛行場周辺に住まわざるを得なかった。ネラー氏はこの事実を完全に無視している。
 あたかも住民が自ら飛行場に近づいたかのような、うその事実を作り上げ、基地被害の責任を住民に転嫁する意図さえうかがえる。許し難い内容だ。それこそフェイクニュースと言わざるを得ない。
 米関係者らによって、これまでも普天間飛行場建設後に住民が周辺に住み着いたという発言が繰り返されてきた。
 2010年、在沖米四軍調整官事務所長のケビン・ビショップ大佐(当時)は「周辺には最初(住宅など)何もなかったが、みんなが住むようになった」と主張した。同年にケビン・メア米国務省日本部長(当時)も「もともと田んぼの真ん中にあったが、今は街の中にある」などと述べた。作家の百田尚樹氏も15年、自民党若手国会議員の勉強会で「普天間基地は田んぼの中にあり、周りには何もなかった」などと言い放った。
 ネラー氏の発言は、これらの誤解を補強するものだ。影響力を持つ米関係者や著名人の発言は、誤りでも事実であるかのようにインターネット上などで拡散し、誤解を生む。それだけに放置できない。発言の撤回を求める。
 そもそも普天間飛行場の成り立ちは戦前にさかのぼる。米軍は沖縄戦前の1943年の段階で、普天間飛行場が造られた場所での滑走路建設を検討していた。米機密文書によると、建設場所は人口密集地であることを把握していた。
 普天間飛行場は、国際法であるハーグ陸戦条約に違反する基地である。条約は戦争の必要上やむを得ない場合は敵の財産の破壊や押収を認めているが、民間地の奪取は戦争中でも禁じている。これに照らせば、民間地だった普天間飛行場は本来、戦後すぐに住民に返されるべきものだ。
 住民は土地を奪われた上に、米軍機の墜落や落下物などで生命が脅かされ、騒音被害も著しい。人権じゅうりんが続き、住民を不安に陥れている普天間飛行場は即時に返還されるべきだ。