戦後73年の沖縄全戦没者追悼式の平和宣言で、翁長雄志知事は昨年に続いて「沖縄のこころ」という言葉を口にした。それは悲惨な戦争の体験から戦争の愚かさ、命の大切さという教訓を学び、平和を希求する県民の思いのことだ。
翁長知事は平和宣言で、県民がこの思いをよりどころにして、焼け野原から「復興と発展の道を力強く歩んできた」と述べた。しかし、その「沖縄のこころ」は、戦後から現在に至るまで、ないがしろにされ続けてきた。
日本の国土面積の約0・6%でしかない沖縄に、米軍専用施設の約70%が集中して存在している。そのことによって生じる事件、事故、環境破壊などで県民は苦しめられ、生命と財産を奪われた。
この1年間だけでも、基地に起因する事故によって、何度も住民の生命が危険にさらされた。昨年10月、東村高江の牧草地に米軍普天間飛行場所属の大型輸送ヘリコプターCH53Eが不時着し、炎上した。12月には宜野湾市の普天間第二小学校の運動場にCH53Eの窓が落下し、近くの保育園でもヘリの部品が見つかった。
今年1月にはうるま市、読谷村、渡名喜村で米軍ヘリが相次いで不時着した。6月には嘉手納基地所属のF15戦闘機が沖縄本島沖の海上に墜落した。事故原因も明らかにされないのに、2日後には同型機の飛行が再開されている。
そして日本政府は8月17日、名護市辺野古の新基地建設で埋め立て予定海域に土砂を投入する。この間の世論調査では県民の70~80%が辺野古移設反対の意思を示しているにもかかわらずだ。どこまで「沖縄のこころ」を踏みにじれば気が済むのか。
翁長知事は新基地建設について「唯一の解決策といえるのか」「沖縄の基地負担軽減に逆行しているばかりでなく、アジアの緊張緩和の流れにも逆行している」と批判し、新基地阻止について「私の決意は県民とともにあり、これからもみじんも揺らぐことはない」と断言した。会場からは大きな拍手が湧き起こった。「沖縄のこころ」がここにあるからだろう。
安倍晋三首相はあいさつで「沖縄の方々には、永きにわたり米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいている。この現状は何としても変えていかなければならない」と述べた。その取り組みが辺野古新基地建設の強行だというのか。県民を愚弄(ぐろう)するにもほどがある。
相良倫子さん(浦添市立港川中3年)が朗読した平和の詩「生きる」は、こう詠まれている。
「心から誓う。私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さないことを」
慰霊の日に誓いたい。沖縄を二度と戦争の島にしない。そしていつか、基地のない平和な島にすることを。