近未来を描く小説の上だけの話ではもはやない。電子メールや文書などネット上の個人情報を米政府が秘密裏に収集していることが明らかになった。米政府は「米国市民には適用されない」と述べている。米国を除く全世界の市民が監視対象で、米国民以外だからよい、と開き直っているのだ。
われわれはオバマ大統領に地球上の人類全ての人権について白紙委任した覚えはない。米国は今すぐ秘密収集を中止し、この犯罪的行為の経緯や内容の一切を明らかにすべきだ。
告発した米中央情報局(CIA)元職員のスノーデン氏は「米政府がプライバシーやネットの自由を破壊するのを許せなかった」と述べた。その行動を支持する。
驚くべきは米政府が彼を訴追しようとしていることだ。まぎれもない全体主義国家ではないか。
さらに驚いたのは、米紙による米国内の世論調査で政府の監視を許容するとの回答が56%にも達したことだ。対立政党を盗聴したことで大統領がその職を追われた1970年代ならあり得ない。今や米国は市民的自由や人権を重んじる国と言えるだろうか。
イラク戦争では捕虜虐待が明らかになり、拷問による尋問も公然と続けられた。「テロとの戦い」を標榜(ひょうぼう)すればどんな人権侵害も許されるかのごとく、9・11後、米国は思考停止しているようにみえる。もしくはもともと米国民以外の人権はどうでもよかったのか。
オバマ氏は「百パーセントの安全と百パーセントのプライバシーの両立は無理だ」と開き直った。そこには人権制約への忸怩(じくじ)たる思いはみじんも感じられない。
たとえ米国民が大統領に「盗聴」を許すとしても、スノーデン氏が述べたごとく、手法を明らかにした上で国民が決めるべきであろう。
しかも大統領の権限行使は米国内に限定されるはずだ。他国の国民に行使するのは明らかに越権行為である。米国は他国の主権を無視していい全能の神のごとき存在ではない。
かつてアイゼンハワー大統領が懸念した軍産複合体の膨張のごとく、「データ会社・諜報機関複合体」が暴走し始めてはいないか。欧州連合(EU)は「個人情報保護への深刻な挑戦だ」と懸念を表明した。ドイツの首相は首脳会談で取り上げる構えだ。日本政府も黙認は許されない。自国民の人権を守るべく、厳しく抗議すべきだ。