<南風>ありのままに生きる


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 私がありのままに生きていいと思えるようになったきっかけはアメリカ留学だった。そこで好き嫌いをはっきり言わないと怒られる経験をするなどして、少しずつ好き嫌いを表現していった。留学先では日本社会に照らせば「変わっている日本人」ばかりで、なぜかすごく居心地が良かった。

 そのように過ごしていくうち空気を読まず、ありのまま自然体で生きるって、すごく自由で楽しいという気持ちになっていった。何でもできる気でいた。

 ただ帰って来たら空気が違って気持ちが薄らいでいったこともあった。しかし自分らしく生きることのよさを知っているから諦めずに生きてきた。日本の人にも、少しでも楽に生きてほしい思いも理由にある。

 最近修学旅行生と関わる機会があった。平和がテーマだったのだが、生徒たちは正解を考え、なかなか書けず同じような答えになってしまっていた。学校での学びの中で、正解や正義は一つだけと考えてしまっているのかなと感じた。

 しかし教科書の正解は一つかもしれないが、他の選択に関しては、人の数だけ正解や正義があることもある。それなのに世間の枠にはまらないと悪いことだという同調圧力が強い。私はこの同調圧力が嫌いだ。枠に入るのが合わない人だっている。みんな生きているだけで大切な存在なのに。

 ありのままに生きることにつながるヒントは「褒めること」だと思う。私は出会った数々の方たちが、たくさん褒めてくれ、私は私で生きる自信を持てるようになっていった。
 皆さんも最初は恥ずかしいかもしれないが、褒め合っていこう。子どもに対しても自分の意見を持つ権利を持っているから、自分の意見や正義を押し付けずに尊重していこう。そうやって日本の人たちも、ありのままに生きることができる社会にしていきたい。
(神谷美由希、ゼロエミッションラボ沖縄共同代表)