<南風>天地の荘厳


社会
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 「アフター5の過ごし方如何(いかん)で、人生や仕事の深みが、違ってくるものです」

 社会人になってまだ間もない頃、紅林茂夫氏(当時、国際経済研究センター理事長)は、そうおっしゃった。ある意味、仕事の余白の大切さを教えて頂いた瞬間でもあった。好奇心の赴くままに「先生は、どのように過ごされたのでしょうか」と尋ねると、氏は、ひときわ穏やかな口調で、ゲーテや白居易の詩を論じられたのち、ドイツの偉大な哲学者・カントの言葉で話をまとめた。「天にあっては、満天の星、地にあっては、心の道徳律」とあるように、天地の荘厳なるものに常に向き合ってほしいと。これは、星が美しく煌(きら)めいている荘厳さと、人が倫理的に行動している時の美しさとを対照にした言葉で、若い人は特に、天の摂理を意識し自らの倫理観を高めるような生き方を求めてほしい、とアドバイスされたのである。

 20代の青年には難解であまりに高尚すぎるものだったが、その後、氏の生活信条や座右の銘が記された巻紙のお手紙を頂くことになり、その流麗な文章と高貴なる精神に私は一瞬に魅了され、いつしか、些細(ささい)な喜怒哀楽にも天を仰ぎ見るようになった。この年になってようやくカントの箴言(しんげん)の真意が少しはわかりかけて来たような気もするが、何より、この意味深い言葉に、どれほど支えられ勇気づけられたことだろう。感慨深いものがある。

 カントの言葉は、西郷隆盛の敬天愛人や漱石の則天去私にも繋(つな)がり、自らを律する上では武士道にも通ずると思うが、いずれにしても、天地の経文(声・囁(ささや)き)なるものに耳を澄まし、日々の仕事や人生と向き合うことが肝要であると、肝に銘じている。どれほどの経文を捉え得るのか甚だ心もとないが、これからも一途に自問自答、千思万考を心掛けたい。
(山城勝、県経営者協会常務理事)