prime

<書評>『日本の詩の諸相』 詩語の価値伝えたい使命感


<書評>『日本の詩の諸相』 詩語の価値伝えたい使命感 『日本の詩の諸相』網谷厚子著 土曜美術社出版販売・2200円
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 網谷厚子氏は中古文学の優れた研究者であり、鮮やかな詩語を駆使する現代詩人でもある。この本では、「諸相」というタイトルそのままに、多岐にわたる網谷氏の論考にまず刮目(かつもく)させられるが、氏の仕事を支えているのが、詩人の感性と良心であることにも気づかされる。それは日本の詩語の価値を伝えたいという詩人の使命感と言い換えることも可能だろう。

 宮沢賢治「永訣の朝」一篇から考察される日本語の表現の多様性。ランボー「四行詩」を国木田独歩、堀口大學、中原中也、萩原朔太郎の各翻訳から解き明かす文語詩の特質。「日本詩の音」の章では雨音、川音、雷鳴を表現した詩が読み解かれる。雨は季節や地域ごとに無数の名前を持って降り、川は死者の国へと流れる。そんな日本の風土から生まれる詩語の豊かさを網谷氏に教えられる。読者に理解しやすい形で言葉を手渡してくれる網谷氏の手は真摯(しんし)で暖かい。

 「〈声〉の詩」「〈口承〉という豊穣の海」の章では、記述以前、すなわち書き言葉以前の詩の言葉が手渡される。例えば、自然界で生まれる物音や人の上げる声、これらも詩の原型なのだと、私たちは気づかされる。琉球語には長い〈口承〉の時代がある。おもろ(ウムイ)とは古い歌謡であり、「おもろさうし」には、人々が船をこぐ時時のかけ声が歌になったものや、神事に使われ呪術性を帯びた雨乞いの歌などが収録されている。古代は、言葉が神に対峙(たいじ)する聖性を持ち、人々を束ね船を動かす力を持っていた時代であった。

 網谷氏はさらに、本居宣長「萬葉集玉の小琴」の序を引き、宣長のいう草の文字すなわち万葉仮名が、歌の解読を難しくしたことなど、書き言葉の功罪を考察する。日本語の助詞「も」が古代から現代詩の中で果たす役割の分析も貴重だ。網谷氏の付属語(助詞、助動詞)に関する研究の一例として興味深い。著書の多い書き手だが、その全てを貴重に思う。最新のこの本ももちろんである。

 (岡野絵里子・詩人)


 あみたに・あつこ 1954年富山県生まれ、沖縄高専名誉教授。「万河・Banga」主宰。詩集「瑠璃行」で山之口貘賞受賞。詩集、評論集など著書多数。