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くわえたペンで描く希望 宮城恵輔さん ドアレスアートオキナワ理事 困難越え アートと出会う 高まる評価、沖縄手帳にも


くわえたペンで描く希望 宮城恵輔さん ドアレスアートオキナワ理事 困難越え アートと出会う 高まる評価、沖縄手帳にも タッチペンを口にくわえ絵を描く宮城恵輔さん=6日、宜野湾市大山のパイプラインコーヒー
この記事を書いた人 Avatar photo 渡真利 優人

 「アートに垣根はない」。ドアレスアートオキナワ理事兼アーティストの宮城恵輔さん(39)=宜野湾市=は両手が不自由で口にタッチペンをくわえながら絵を描く。21歳での交通事故から入院、社会活動、新型コロナ禍を経て出会ったのはアートだった。油絵のような質感にこだわった作品は有名企業のTシャツや、2024年版で発刊30年目を迎える沖縄手帳に採用されるなど、評価が高まっている。

「2024年版沖縄手帳」の発売をPRする沖縄手帳社の真栄城徳七代表(右)とドアレスアートオキナワ理事兼アーティストの宮城恵輔さん(左)=9月28日、宜野湾市大山のパイプラインコーヒー

 05年、友人が開いてくれた誕生パーティーの帰り道、バイクによる飲酒運転の自損事故で脳挫傷を負った。就職内定を得ていたが保育の道に興味を持ち、内定を断って居酒屋のアルバイトや市役所の臨時職員で生計を立てていた時期だった。

 「自分には何ができるのだろう」。体が不自由になり病床で自問自答する日々が続いた。28歳の時、県警の飲酒運転根絶アドバイザーを依頼された。飲酒運転が絶えず発生している沖縄。学校で交通安全講話を実施し危険性を伝えた。ACジャパンの啓発CMにも出演して自らの過ちをさらけ出し「頼む、俺みたいになるな」と強く訴えた。

 絵を描くようになったのは20年ごろ。新型コロナのステイホーム中に友人から勧められた。絵を描いたことはなかったが、口にタッチペンをくわえてタブレットに向かった。「試しにやってみると思ったよりできた。アプリを使いこなす方が難しかった」と笑みを交える。

 これまでに描いた絵は50枚ほど。ほとんどの絵がタブレットとタッチペンで生み出されてきた。「油絵のでこぼこ感が好き」といい、アナログタッチな質感にこだわる。

「2024年版沖縄手帳」に掲載された作品「月桃」(宮城恵輔さんより提供)
「2024年版沖縄手帳」に掲載された作品「月桃」(宮城恵輔さんより提供)

 22年にはニューバランスとパラリンアートのコラボ企画「9BOX」でアーティストの1人に選ばれた。地球をテーマに描いた作品はTシャツとして販売された。発刊30年目を迎える24年版沖縄手帳の後ろ見開きページに、自宅に生えていた月桃を描いた作品が掲載された。最近は「旅」をテーマにしたパラリンアートの世界大会にも出品した。

 22年に設立されたドアレスアートオキナワは障がい者アートの作者と買い手をつなぐプラットホームで、展示販売会を開催している。「障がい者も健常者も分け隔てなくアートを探求できるようになれば」と団体の存在意義を語る。

 数々のコンテストに出品し自身の絵が世間に広まりつつある。「アーティストとして成功し、障がい者に勇気と希望を与える存在になりたい」と語り、タッチペンをくわえた。

 (渡真利優人)