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<書評>『正しき地図の裏側より』 生きていてほしいと祈る


<書評>『正しき地図の裏側より』 生きていてほしいと祈る 『正しき地図の裏側より』逢崎遊著 集英社・1870円
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 1994年―「失われた10年」の舞台裏で、不幸にも10代でホームレスとなった主人公・耕一郎。「父親殺し」というスリリングな展開も相まって物語にぐいぐい引き込まれた。

 本作は少年が大人になる過程でさまざまな体験をし、故郷そして父親に向き合う成長物語とも言える。家を飛び出した主人公は、目的もなく街をさまよい、ある種の精神的な解放感を覚える。が、徐々にその日暮らしの生活に不安を募らせていく。なにしろホームレスなのだ。未成年であり、身分証も持っていない。とにかく1日1日を生きなければならない。そんななか耕一郎に手を差し伸べてくれる人々が登場してくる。場所を転々とし、出会いと別れを繰り返しながら、耕一郎は自分の過去を受け入れていく。

 この作品の大きな魅力は、ホームレスや日雇い労働者の生活の様子がとてもリアルなことだ。実際にモデルがいるのだろうかと気になる(余談だが、G―SHOCKを愛用している私は、いつ時計が奪わるかとハラハラした)。

 何より「生き抜くこと」を非常に肯定的に捉えているところが良い。耕一郎を取り巻く生活は一見暗く悲惨なものだが、まずは食う・生きる・人と支え合うという、プリミティブな在り方が一貫して描かれている。そんな登場人物たちの、泥臭くも温かいヒューマニズムが色濃く浮かび上がることで、物語にどこか楽観的な世界観が生まれている。

 恐らく2024年には成り立たないストーリーだろう。排除アートをはじめ、ホームレスの存在をそもそも認めないような社会に私たちは生きているから。それゆえ本作を読み終えた後、今も「地図の裏側」にいるはずの人々に思いを馳(は)せる。この世は醜悪な物で溢(あふ)れているかもしれない。それでも、自分の存在を認めてくれる他者はきっと存在している。だから、どうか生きていてほしい。そんな祈りが生まれる作品だ。

 末尾になるが、沖縄出身の作家がデビューされたことを非常にうれしく思う。受賞、おめでとうございます!

 (オーガニックゆうき・作家)


 あいざき・ゆう 1998年沖縄生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。2023年、本作で第36回小説すばる新人賞を受賞。ペンネームは「人とのめぐり逢い」を大切にしたいとの思いから付けた。