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<書評>『又吉栄喜の文学世界』 留保し根拠を問い直す


<書評>『又吉栄喜の文学世界』 留保し根拠を問い直す 『又吉栄喜の文学世界』大城貞俊、村上陽子、鈴木比佐雄編 コールサック社・2200円
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 1996年に小説「豚の報い」で芥川賞を受賞した又吉栄喜は、沖縄戦によって廃墟となった浦添の半径2キロの内側を作品の舞台とし、米軍基地を抱え込んだ戦後沖縄の社会を描き続けた。

 又吉作品の特徴は、私たちが生きる社会で、自明とされているような考え方やものの見方を一時留保し、その根拠を問い直すという契機を内在させていることにある。米兵を描くにしても、米兵の〈他者性〉をことさらに強調するのではなく、米兵の中にあった人種差別や兵役忌避の感情を描き出すことで、沖縄文学がそれまで目を向けることのなかった新たな地平を切り開いてみせたのである。

 本書の編者である鈴木比佐雄によれば、又吉の小説世界は「詩的精神が創造した思索や構想力に満ち魂の深層を救済する小説である」と評価する。

 本書は、鈴木に加えて大城貞俊、村上陽子の3氏が編集を担当し、16篇の論文と4篇のエッセイが収録された。巻末には「沖縄・浦添の原風景を歩く」(地図)と、又吉の年譜が付されている。

 編者の村上は、2022年に刊行された『又吉栄喜小説コレクション』全4巻(コールサック社)に集められた、単行本未収録作品の数々を「個別の色に輝きながら天に散る群星(むりぶし)」になぞらえ、復帰後の沖縄文学を又吉抜きにして語ることはできないとする。「基地の街に生きる米兵・女性・少年・動物といった存在、沖縄の歴史的・文化的豊かさ、沖縄に強制連行された朝鮮人従軍慰安婦や軍夫など、又吉が早くから見いだしていた作品のテーマ」は、沖縄文学全体を方向づけていったと高く評価するのである。

 また本書の特徴として、山西将矢・仲井眞建一・栗山雄佑といった1990年代以降に生まれた若い研究者たちの論考がいずれも卓抜した論点を提供していることである。学界の新しい知見に基づいた論考は、いずれも魅力に満ちており、今後の沖縄文学の論壇を大いに活性化するものとして期待される。

 (尾西康充・三重大学教授)


 おおしろ・さだとし 1949年大宜味村生まれ。作家、元琉球大学教育学部教授。

 むらかみ・ようこ 1981年広島県生まれ。沖縄国際大学教授、沖縄文学・原爆文学研究。

 すずき・ひさお 1954年東京都生まれ。コールサック社代表、詩人、評論家。