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<書評>『句集 俺の帆よ』 降り注ぐ感性のシャワー


<書評>『句集 俺の帆よ』 降り注ぐ感性のシャワー 『句集 俺の帆よ』 おおしろ建著 コールサック社・2200円
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 感性の魔境を潜った俳句の言葉に魅入られる。魔境に棲(す)むのは大蛇か巨人か、生贄(いけにえ)になった美女か勇士か。それとも無垢(むく)なままの老人か。そこには鮮烈な俳句を生み出す坩堝(るつぼ)があるに違いない。

 おおしろ建句集『俺の帆よ』を読んだ初発の印象だ。季語に拘束されずに自由に言葉の海を遊泳する。放たれる句は時には強靱(きょうじん)な刃となり、時には振幅の広い救済の知恵となる。

 それにしても自明とされる言葉の意味が削がれ、新たな意味が孵化(ふか)している。それは自らの感性との戦いのゆえであり、見えないものを見たがゆえの拷問からの飛翔でもあるからだろう。さらに老いや死の誘惑をはらむ狂気との対峙(たいじ)でもあり、未だ苦い記憶として残る青春の日々を紡ぐ言葉でもあるからだ。

 「水平線ポキポキ折ってポケットへ」「眠らない孤独凹凸で迫り来る」「我も獣水澄む街の夏少女」「カラフルな死が似合うのか真夜の自販機」「四十という死重に穴の開く道化」「凍蝶のままで砕ける俺の東京」「海鼠(なまこ)踏むひゅいっと雑念からみつく」

 そんな句だけではない。おおしろの句は壮大な宇宙との対話が生み出し、自らを鼓舞する魂が生み出した句も随所に見られる。ユーモラスな句や明日を生きるつえとしてのバランスを取る句だ。

 「オリオン座横倒しなら俺の帆よ」「ピョコン出る伊江島タッチュー地球の出べそ」「月からのモールス信号猫笑う」「うふっと改行今日も恋の肩慣らし」「マジメがつまらねえ時代へ洗濯物干す」

 おおしろは県内新聞の俳句時評を10年余も続け、さらにその後の10年余の今日まで俳壇選者を担当している。力のある作家だ。昨年から「天荒俳句会」の代表者にも就任している。高校教師の頃の文芸活動、図書館協議会での活動が評価され、受賞歴も多い。このような履歴が振幅の広い慧眼(けいがん)をも培ったのだろう。

 本書に収載された句は1993年から2010年までの429句。読書中に感性のシャワーを浴びること間違いない。

 (大城貞俊・作家)


 おおしろ・けん 1954年生まれ、元高校教員。天荒俳句会代表、詩と批評「KANA」同人。沖縄タイムスの「タイムス俳壇」選者。著書に句集「地球の耳」と詩集「卵船」がある。