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<聴事(チチグトゥ)を求めて 組踊初演300年>117 組踊における話芸(7) 猿は話さないマルムン


<聴事(チチグトゥ)を求めて 組踊初演300年>117 組踊における話芸(7) 猿は話さないマルムン 「花売の縁」に登場する猿引と猿=2020年9月、浦添市の国立劇場おきなわ
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 組踊「大川敵討」に登場する「マルムン」の泊は、前回示した「マルムン」の形式((1)前段と後段をつなぐ役割を持つ(2)主人公に重要な事柄を伝える者である(3)散文体を話すのは組踊の世界において身分の低い者である(4)散文体での表現には「笑い」を含むものと含まないものとがある―)のすべてを含んでおり、その役柄は完成形を迎えたと言っても良いだろう。

 注目すべきなのは、これまで紹介した「マルムン」は、作品に出る時は一場面のみであり、散文体の詞章を唱えた後には役目を終え、これから後は作中に登場しない。しかし、泊はその後の谷茶城への敵討ちに参加するのである。そしてその際の泊の詞章も散文体なのである。「大川敵討」において泊は作品の一場面だけに登場するという「マルムン」の概念を変化させたということになろう。

 「マルムン」は泊をもって完成したと考えられるが、1808年に初演された「花売之縁」には泊とは趣向の異なる「マルムン」の薪木取が登場する。この薪木取のみが「マルムン」として注目されるが、筆者は「花売の縁」における猿もこれまでの作品にある「マルムン」の演出を引用していると考えている。

 「花売の縁」では作品中に猿引きが登場し、猿に芸をさせる場面がある。この猿は人が入って舞うのだが、せりふはなく、踊りのみである。このような演出は、組踊において「花売の縁」のみであると考えられているが、筆者はこの演出は先に述べた「北山敵討(本部大主)」の「マルムン」と関係があると考える。「北山敵討」の「マルムン」加那筑は、犬とともに登場する。沖縄伝統組踊保存会の演出における犬は張り子を使用しているが、動かない張り子では、加那筑の「かいれ〳〵」(回れ回れ)のせりふに動きで対応するのが難しいと思われる。ここの「かいれ」は沖縄各地に伝わる獅子舞の所作にあるように、犬が右から左にクルリと背中をつけて一回転すると考えられるので、犬に人が入って演技をしたと思われる。その方が臨場感もあり、せりふと対応している。

 実際に「北山敵討」の加那筑の場面を抜粋して、狂言として上演している例がある。それは南風原町津嘉山の「加那筑」という狂言で、ここでの犬は人が入って演じている。「北山敵討」は王国時代の配役が記された組踊本が伝わってないため、犬が張り子であったか、もしくは人によるものであるかを断定できないが、詞章の「かいれ〳〵」の解釈や津嘉山の事例を考えると当初から犬を人が演じていたと考えられるのではないか。そうであれば「花売の縁」における猿は、「北山敵討」の「マルムン」加那筑の場面に出てきた犬を参考にしていると考えられる。「花売の縁」では、作品の前半で話さない「マルムン」とでも言うべき動物の趣向を取り入れていると位置づけられよう。

(鈴木耕太、県立芸大芸術文化研究所准教授)