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<書評>『伝統芸能と民俗芸能のイコノグラフィー〈図像学〉』 画の奥に広がる世界の謎解く


<書評>『伝統芸能と民俗芸能のイコノグラフィー〈図像学〉』 画の奥に広がる世界の謎解く 『伝統芸能と民俗芸能のイコノグラフィー〈図像学〉』児玉絵里子著 錦正社・1980円
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 芸能史と美術史を交差させることで、かつての日本人がどのようなイメージの世界に生きていたかを立体的に再構成する力作である。著者は江戸時代初期の屏風や絵巻を一つ一つ取り上げながら、そこに描かれた装束や文様、所作をつぶさに調べ、さらに能や歌舞伎の演目、文学作品といった参照項を次々と呼び込み、画の奥に広がる世界の謎を解き明かす。

 例えば、従来は「柳橋水車図」(柳、橋、水車を描く風景画の定型)に遊女を描き加えて「美人図」の要素を持たせたものとされてきた長谷川等學『遊女柳橋扇面図屏風』。しかし、これを女歌舞伎の詞章と突き合わせると、画面の細部との間に興味深い符合がいくつも見つかる。さらに全体を丹念に検討すれば、単なる「柳橋水車図」+「美人図」ではなく、画面全体がダイナミックかつ機知に富んだ仕方で構成された「恋する遊女の心象風景」であることが分かる(第一章)。

 江戸前期のいわゆる「舞踊図」に描かれた舞踊は、美術史研究では、実際の舞踊の描写ではなく単なる定型表現だとされてきた。また芸能史研究でも、当時の舞踊に立派な型などなかったのだという。それに対して著者は、初期歌舞伎と関係の深い新潟県の綾子舞を自ら習得、踊り手としての体感を通じて、舞踊図の舞踊は紛れもなく実際に踊られていた舞踊の型だと指摘し、初期歌舞伎の舞踊および舞踊図への再評価を促す(第三章)。

 異質なメディアを自在に駆使し、当時の人々の想像力の実相に迫る著者の手法は、前著『初期歌舞伎・琉球宮廷舞踊の系譜考』(2022年)で示された。それを一般向けに仕立て直したのが本書である。

 一体どんな訓練を積めばこんな刺激的な書物を著せるのか。著者は「感性と直感」というが、膨大な知識と、体系に閉じない柔軟さがあってこその芸当である。確かに、より具体的な因果関係の実証が必要と思える部分もある。しかしそれはまた、さらに広大な宇宙への入口でもあるだろう。

 (武藤大祐・群馬県立女子大教授)


 こだま・えりこ 京都芸術大専任講師、文学博士。沖縄国際大南島文化研究所特別研究員、法政大沖縄文化研究所国内研究員などを務める。沖縄の伝統芸能については人間国宝らに師事して学ぶ。著書に「琉球紅型」など。