【ロングインタビュー】キングダム原作者・原泰久さん 連載開始15年、沖縄で開催した原画展への思い 制作にかけるこだわりや情熱の原動力は…


【ロングインタビュー】キングダム原作者・原泰久さん 連載開始15年、沖縄で開催した原画展への思い 制作にかけるこだわりや情熱の原動力は… キングダム展について思いを語る漫画家の原泰久さん=3月21日、那覇市の県立博物館・美術館(喜瀨守昭撮影)©原泰久/集英社
この記事を書いた人 Avatar photo 謝花 史哲

 コミックス発行部数が累計1億部を超える、連載中の人気漫画「キングダム」の世界を紹介する「キングダム展―信―沖縄会場」(主催・沖縄美ら島財団、琉球新報社、宣伝)が那覇市の県立博物館・美術館で開催されている。7国が争った中国の春秋戦国時代を舞台に、後に始皇帝となる秦の若き王「嬴政(えいせい)」と天下の大将軍を志す「信(しん)」を主人公に史上初の中国統一を目指す物語を描く。原画展は2021年6月に東京で始まり、沖縄会場で終幕する。沖縄開催に当たり、作者の原泰久さんが琉球新報社のインタビューに応じ、個展開催への思いや「キングダム」制作に懸ける情熱などについて語った。


 ―原画展開催は夢だった。
 「大学が半分芸術系で、個展にそもそも憧れていた。町の小さい個展でお客さんが絵を買う様子に、個人で人を呼べることがうらやましいと感じていた。漫画家が個展をできるかどうかは分からなかったが、井上雄彦先生が原画展を開催したことで『漫画家にもその道があるんだ』と、切り開いてもらった」

 ―連載開始から15年の節目での開催となった。
「いつかできたらいいなという願望はずっとあった。ただ実際に開くにはハードルが高くて。人気漫画にならないとお客さんが集まらない。頑張ってようやくお声かけをいただき、『よし』と思った」

キングダム展について思いを語る漫画家の原泰久さん=3月21日、那覇市の県立博物館・美術館(喜瀨守昭撮影)©原泰久/集英社

 ―自ら監修した。
 「ただ原画を並べるだけではもったいない。ストーリー仕立てにし、歩きながら空間で漫画を読むという体験ができる原画展にできたらと思い、自ら提案して作り込んだ。原画展だけど、セリフも読んでほしくて原画を抽出した。知らない人でも物語が分かるよう選び抜いた」

 ―連載続く中での原画展となった。
 「物語のどこで区切るかは難しかった。単行本40巻までを展示している。ボリューム的にもぎりぎりのキャパでもあったし、国内編が終わる節目で切りやすさもあった。決めてからは、どう見せていくか。引き算、足し算しながらの原画選びになった」

 ―どのような視点で原画を選んでいった。
 「キングダムはキャラクターが多く、群像劇にもなっているが、原画展はやはり主人公に立ち返った。サブタイトルも『信』であるし、やはり信のストーリーをメインに展開していこうと思った。後半の締めは政が中心になっていくが、現場で戦っているのは信であるのでよいラストだったと思う」


 ―心掛けた点は。
 「連載でも大事にしているのが起承転結だ。1話ごと、シリーズごと、巻を通してもそう。今回の原画展も起承転結が出るよう構成した。補足する部分は、原画以外の大きいグラフィックで展示している。どうしても展開のつなぎ目が必要なところは、原画展のために新たに原稿を描きおろして、つながるようにした」


 ―今回、空間での漫画体験のため心がけたのは。
 「クライマックスのために、前半はあえて抑えて後半盛り上がっていくように工夫した。前半は細かく刻んでいるが、信の初陣となる蛇甘(だかん)平原の戦いは、広さを体感してほしくてパノラマで横に広げて魅せている。そこから徐々に縦や横に大きい絵を使っている。歩みが本をめくる速度になるように。そして戦場は信の目線を意識して配置した。最後のクライマックスのシーンは一番大きい空間を持ってきて、一番大きなグラフィックとナレーション文字で言葉が上から落ちて来るような演出を狙った」

 ―信の物語を再構築した原画展となっているが、嬴政も重要なキャラクター。どのように落とし込んだ。
 「40巻までのピークはどうしても政と呂不韋(りょふい)の舌戦。あくまで信を中心とした原画展だが、その舌戦のシーンをクライマックスに持ってきた。信が出てこなくなったなと気づかれないように盛り上がれば成立すると思っていた。連載の最中もそうだが、魔法が解けないよう気をつけて描いている。主人公がいなくても、面白さが上回ると気にならない。そこの攻防は常にやっている。原画展も後半の空間を使った演出で魔法が解けないようにしている」

キングダム展について思いを語る漫画家の原泰久さん=3月21日、那覇市の県立博物館・美術館(喜瀨守昭撮影)©原泰久/集英社


 ―連載は途中で、原画展はファンにとっては振り返る形になる。
 「1巻を読み直してみて、最初の方の絵が原画展に堪え得るだろうかと不安になった。安定していない絵も多い。ただ当時の原画を見ると、その時の精いっぱいがこもっている。技術が上がるに従いバランスを取ってしまうので、逆に今では描けない絵になっている。それがあったので、自信を持って送り出した」


 ―それも原画展の魅力の要素になっている。
 「連載をスタートした時は何も考えずに描いていた。今ならこの感じだと変に思う人がいるだろうかと思う絵もある。しかし、そういう意味でも最初の原画はここでしか出せない。それがまた面白いし、絵の成長過程も見られるしいいだろうと決めた。信も僕の技術も成長している様子をさらけ出していいかなと思った」

 ―ここまで原画展を開催してきて改めて感じていることは。
 「読者の方々が足を運んで貴重な時間を使ってくださっている。それを会場で拝見するのが、自分にとって一番のご褒美。実は来場者に紛れて展示会場内を回ったこともあった。皆さんがどういう顔をしているのか。朝から並んでくださっているのを見ても、ぐっとくるものがあった」

 ―連載について聞きたい。心掛けている点は。
 「戦争という重いテーマを描いているが、最初に決めて一貫してぶれずにあるのはエンターテインメントを上に置くこと。順序が逆転すると、悪く言えば説教くさくなる。楽しめないものになると思った。できるだけ1人でも多くの人に読んでもらいたいので、まずは面白いものをと思って描いている」

キングダム展について思いを語る漫画家の原泰久さん=3月21日、那覇市の県立博物館・美術館(喜瀨守昭撮影)©原泰久/集英社

 ―表現の難しさは。
 「描く度に、そのキャラクターに感情移入する。ひどい目に遭うと復讐(ふくしゅう)の感情が出てくるなど、世の中の不条理を描きたくなるけど、その辺は気をつけている。エンタメを外しすぎないよう。その意味でコミカルなシーンは重要。狙って入れられるところを探している」

 ―信が主人公だが、実際は政の物語でもある。
 「もともと始皇帝が中華統一するという話。史記を読むとすごく面白い。題材として、この時代を選んだ理由は、歴史の授業で習って誰もが知っている一方、どうやって統一したかなどディテールはほとんど学ばない。作品作りで自由度が効くなと思った。主人公は信が担い、現場の目線で物語を進めるが、嬴政が成そうとする理想はちゃんと伝えないといけない。ただのエンタメだけになってしまわないようにも気をつけている。原画展でも同じように、チャンバラ漫画と思っていたら『実は大切な話をしてるのかもしれない』と、初見の人でも感じてもらえるようにと思っている」

 ―個性的なキャラクターが光る。キャラクターの人柄、展開の描写、言動など制作作業はどのようなことを考えているか。
 「キャラクターの人生に入り込んで描くようにしている。キャラのポリシーを感じられるように。願望として何をしたいのか。正義は敵か味方かなど、立ち位置で変わる。見方によっては真逆になる。その中で一人一人のポリシーをしっかり描くよう心掛けている」

 ―それぞれが主役級になり得る物語だ。
 「最初にキングダムを描こうと思った時に激情と躍動を描くと決めた。それが各キャラにあるとドラマになる。激しければ激しいほどそうなる。このキャラのこのセリフは過去にどういったことがあったからか、このシーンでこのようなことは言わないなど、過去の言動から逆に縛られることもあるほどに、結構な理論武装で作り込んでいる」

 ―作中に出てくる軍略や戦術、舌戦などの表現、着想は。
 「基本は分かりやすいように、時代考証に縛られすぎないようにというのが一つある。時代考証を完璧にしようと思った時もあったが、再現度を高めて本当に面白いだろうかと考えを改めた。時代考証はある程度にとどめ、今の人たちが面白いもの、格好いいものにしようと切り替え、自由にやることにした。戦術など一度は近代戦争を知識として入れたけど、そこは触りだけ。中央軍、右軍、左軍だけにして、描くことにした。ただ既視感には気をつけている。例えば兵糧戦を描くために、それまでは兵糧にあまり触れないなど、細かいところで気を使っている。兵糧戦だったり丘取り戦だったり戦いの特徴は一戦に一つまでとして、後に取っている」


 ―組織や人間関係など今に通じる描写などがあるように思う。
 「よく言っていただくが、狙って描いているということはない。『歴史ものは昔の話』と感覚的に読者が距離を感じがち。距離を感じると、感動したり、泣いたり、悲しんだり、怖がったりを懸命に描いても、ダイレクトに読者に届かない。そうならないように、あえて現代ものの感覚で描いている。現代の言葉も気にならない程度に意図的に入れている。30歳でプロになるまでサラリーマンをやっていた。その経験も大きいと思う。今の社会に通じる作品として見られているのは、サラリーマンの経験があったからだろう。やってなかったら、今の『キングダム』は描けていないと思う」


 ―今後の展開、構想は。
 「実は後半には入っている。趙(ちょう)の李牧(りぼく)は歴史にも残っている重要人物で、当時最強かというくらいの武将。趙との戦いは存分に納得いく形で描き切りたい。キングダムは映画の一本を描くつもりで取り組んでいる。映画は後半の後半がピークで盛り上がる。連載も今そこに向かっている。一番面白くしようと思って描いている」

 ―漫画家は特別な職業だと思う。続ける上で意識していることは。
 「まず目標をどこに設定するかだと思っている。漫画はいっぱいある。海のような中から上に行くというのが、売れたということだ。偶然で売れることはない。数字にこだわることが重要だと思う。一冊でも多く売る。誰よりも多く読んでもらう。願望や夢でなく決定事項として取り組む。何が足りないか、なぜ目標の数字に及んでいないか。それがアイデアを生み続ける」

キングダム展について思いを語る漫画家の原泰久さん=3月21日、那覇市の県立博物館・美術館(喜瀨守昭撮影)©原泰久/集英社

 ―鳥山明先生が亡くなった。影響を受けたことは。
 「僕はいわゆるジャンプ黄金期世代であり、小中学生の時は、ジャンプを隅から隅まで読んでいた。中でも鳥山明先生のドラゴンボールは皆が夢中で読んでいた。近しい世代の漫画家は、ドラゴンボールの影響は必ず受けていると思う。僕もドラゴンボールやスラムダンク、北斗の拳などからエッセンスを受け継いだ。それが作品にも反映されていると思う」

 ―日本を代表する作品へと成長した。
 「売れることを目指してやってきたので、すごくありがたいの一言だ。ただ見ているのはまだ上。もっと読んでほしいという思いは尽きない。表現の足らなさなどあると思うが、『キングダム』という作品が秘めているポテンシャルはまだまだあると思っている」

 ―原画展やそのほか企画やもっとやりたいことは。
 「基本はない。漫画を頑張るだけ。漫画の原画展は何度もできるものでもない。もし連載が完結した時に、またやらせてもらえたらうれしい」

 ―沖縄の印象は。
 「学生の時、25年前に来て以来。今回が2度目。南国が好きだが、行く機会がなかった。来られることができて本当にうれしい。連載が終わったら南の島でゆっくりしたい。それを目標に頑張っている」

 ―ファンへメッセージを。
 「キングダム展の沖縄開催は最初、難しいと言われていた。いろんな方が一肌も二肌も脱いで下さった。その尽力と周囲の協力のおかげで実現した。巡回展のフィナーレでもあり、余計にうれしい。本当に満足できる内容になっている。映画一本分を見るくらいのボリューム感で、初見の人でもストーリーが分かるようになっている。ぜひ沖縄の皆さんに見ていただきたい。そもそも漫画もデジタル化で原画が珍しくなっている。ヤングジャンプの連載陣でも、アナログ原稿で描いているのは僕くらい。希少になっていく生原稿を観に、ぜひお越しいただけたらうれしい」

チケット

「キングダム展-信-沖縄会場」チケット発売きょうから 県立博物館・美術館で来月22日から開催

 3月22日から5月12日まで、那覇市の県立博物館・美術館で開催される「キングダム展―信―沖縄会場」(主催・沖縄美ら島財団、琉球新報社、宣伝、協賛・沖縄ファミリ …