「世界政治は破壊的な傾向顕著」 軍拡競争、制御不能に ゴルバチョフ氏の一問一答


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ゴルバチョフ氏来訪記念碑の除幕式で握手を交わす同氏(右から2人目)と翁長雄志那覇市長(当時、同3人目)=2003年11月12日、那覇市役所

 琉球新報のインタビューに応じたゴルバチョフ元ソ連大統領の一問一答を紹介する。

世界政治の舞台 危険な傾向顕著

 ―中距離核戦力(INF)廃棄条約破棄により、米国が中距離ミサイルを沖縄など日本に配備する計画が浮上している。破棄以後の世界情勢をどうみるか。

 「私も中距離核戦力全廃条約破棄に対し心配しており、沖縄県民の皆さんと同じ気持ちでいる。私がどうして心配しているのか。それは私が1987年12月にロナルド・レーガン米大統領(当時)と共同で同条約に署名したからだけではない。今日、世界政治の舞台では、危険で破壊的な傾向が顕在化しているからだ」

 「条約締結に向けた協議の基礎をなしていた概念は、スイス・ジュネーブでの首脳会談の際に米ソが合意し、共同声明にも盛り込まれた『核戦争に勝者はなく、核戦争は容認しない』という考えだった。同会談は核戦力全廃に向けた第一歩だった。その後に戦略兵器削減条約の締結や、戦術核兵器全廃に向けた相互措置の流れをつくり、実行に移されたのだ。両国は核兵器の戦略的地位低下を目標に掲げ、軍事ドクトリン(教義)を見直していき、米ソ冷戦のピークに比べて両国の保有する核兵器の総数は8割も減少させるに至った」

 「これらの合意は、実行の過程で核兵器のみならず他の兵器の削減にも影響を及ぼした。化学兵器の禁止条約が締結されたほか、東欧・西欧諸国も自分の軍事力・兵器数の抜本的な削減に合意し、多くの国々が米ソ冷戦終結後に『平和の配当』を得たのだ」

 「今日、我々がかつて冷戦を終結させ、達した世界は大きな危険にさらされている。米国による中距離核戦力全廃条約破棄の決断は、物事の流れを逆転させる恐れがある。そしてこれは第一歩にすぎない。米国は核実験禁止条約の批准を拒否した。また、2002年、米国による一方的な決断により弾道弾迎撃ミサイル制限条約も無効となった」

 「弾道弾迎撃ミサイル制限条約・中距離核戦力全廃条約・戦略兵器削減条約から構成されるグローバルな戦略的軍備力に制限をかける条約は一つしか残っていないが、オバマ、メドベージェフ米ロ両大統領(当時)が10年に締結した戦略兵器削減条約についても、その将来は依然として不透明だ。米政権の発言から判断すると、この条約もまた、過去のものになりかねない」

 「さらに、米国の中距離核戦力が近い未来に日本と韓国に配備されるとの情報が報道されるようになり、北朝鮮も先日、米国との非核化交渉が決裂したと発表した。そしてマスコミには、米国の核兵器が持ち込まれる可能性があるとする報道も出ている」

米国軍事優位性 大きな混乱生む

 ―米国の狙いをどうみるか。

 「米国は自身の姿勢を正当化するために他国、特に中国、イラン、北朝鮮が中距離ミサイルを保有していることを挙げている。しかし、これは説得力がない。米国とロシアの2国は依然として世界の9割以上の核兵器を保有している」

 「一方、他の国々が保有する核兵器の総数はその10から15分の1でしかない。もちろん、米国とロシアが核兵器の削減を続ければ、ある時点で他国もそれにならうはずだ。このような理解は我々が核軍縮を開始した時からあり、イギリスやフランス、中国などとも、この政治が持つ責任を繰り返し確認してきた。しかし、一方の超核大国が責任を放棄し、核兵器の軍備を拡張しようとした場合、それらの国々に自制を求めることも難しい」

 「米国が条約離脱を決断した背景には、兵器分野におけるいかなる制限から脱してでも、絶対的な軍事的優位性を得ようとする狙いがあると結論を出さざるを得ない。トランプ大統領は『我々は他の国よりも資金がはるかに多く、その国がおとなしくならない限り核兵器の軍備を拡張していく』と主張した。発言の狙いは、自分の意思を世界に押し付けることとしか考えられない」

 「しかし、これは幻想的で実現不可能な願望だ。現代世界では一国の覇権は不可能だ。今回の破壊的な転換の結果は、世界の戦略的バランスの不安定化、新しい軍備拡大競争、世界政治のより大きな混乱と予測不可能な状況を生み出すことになり、各国の安全性が損なわれるだろう。このような自然発生的に生まれた全ての連鎖は、制御不能な過程をたどってゆくだろう」

リーダー、市民 行動を起こして

 ―今、何が求められているか。

 「安全保障問題の解決の鍵は兵器ではなく、政治にある。そして今は極めて重要な時期だ。過剰な感情とプロパガンダ(政治宣伝)を消し去る必要がある。主要な地位を占める国のリーダーたちは、今日の現状に異を唱えよう。この世代の人たちには歴史に名を残すにふさわしい機会があり、そして、このチャンスを逃すことは大きな過ちになるだろう」

 「私は国のリーダーのみならず、一般社会の市民にも行動を起こすことを呼び掛ける。社会は冷戦終結に絶大な役割を果たしてきた。私は1980年代に反軍国主義・反核主義運動の声がとても強く響いたことを覚えている。その声に押されて(INF撤廃条約に)調印できた」

 「私は今、自分の方に関心を向けるのではなく、自分の子孫の未来について関心を向け、世界を戦争による惨事や、環境破壊の脅威、貧困、後進性から救うため、力を合わせるように声を掛けている」

 「より正しく、より安全で、より安定した世界秩序の構築を実現させることを目指す、このような活動は、持てる力の全てを注ぐに値する価値がある。我々は皆、一つの惑星、一つの人類であることを忘れてはいけない」

日本核貯蔵懸念 信用と検証必要

インタビューに答えるミハイル・ゴルバチョフ氏=2019年9月19日、モスクワ

 ―沖縄が日本に復帰した1972年5月15日以降、89年に終結する冷戦時代や現在に至るまで、米国の核兵器が沖縄に存在するという情報を把握しているか。

 「沖縄の基地を含めて日本には核兵器があるかもしれないという沖縄の皆さんの心配(実は皆さんだけの心配ではないが)について言えば、元米大統領レーガンの言葉を引用したい。彼は相互理解や信頼を必要とするテーマになるといつもロシアのことわざを使って『信用せよ、されど検証せよ』と言っていた」

 ―沖縄の人々にメッセージをお願いしたい。

 「本来ならば沖縄を訪問し直接メッセージをお伝えしたいが、年齢と健康状態のため長距離移動ができなくなった。とても残念だ」

 「沖縄の皆さん、私は皆さんの住む美しい島が大好きだ。3回訪問した思い出を一生忘れない。皆さんの健康、ご多幸を心から願っている。皆さんの平和のための闘い、軍事基地への対抗は尊敬すべきものだ」

<略歴>

 ミハイル・ゴルバチョフ氏 1931年ロシア連邦共和国スタブロポリ州生まれ。モスクワ大卒。85年ソ連共産党書記長、89年ソ連最高会議議長。90年初代大統領、東西冷戦を終結させた功績などでノーベル平和賞受賞、91年ソ連解体と同時に辞任。ゴルバチョフ財団理事長。世界の紛争の平和的解決、地球規模の環境保全などについて積極的に発言している。2001、03、05年の3度、来沖している。