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敗北感を味わって傷ついて…Coccoが歌い続けるワケ 新アルバム収録の楽曲「2・24」に込めた思い

2017年にデビュー20周年を迎えたCoccoが10月、10作目のアルバム「スターシャンク」(通常盤税抜き3千円、ビクターエンタテインメント)をリリースした。前作「アダンバレエ」から3年ぶりのアルバムは、デビューから数々の名曲を作り出してきた根岸孝旨をサウンドプロデューサーに迎え制作した。12月6日の宮城県を皮切りに全国6カ所でのツアーも決定している。Coccoに近況を聞いた。

(聞き手 藤村謙吾)


「次の世代にバトンを渡さないと、という思いが原動力」と話すCocco=那覇市の琉球新報社

―前作を出してからどのように過ごしていたのか。

 「他のアーティストに楽曲提供などをして、表に出ないようにしていた。20歳の息子と道を歩いていたらカップルに間違われた上、モデルにスカウトされた。声を掛けた子はCoccoを知らない若い子で、そのときに、『生まれ変われるかも』なんて思った」

―表に出なくても曲は生まれるのか。

 「生まれる。朝起きたら自然とトイレに行くような、生理現象のようなものだから、それをあまり深くは考えない。日々曲は生まれる。だから、楽曲提供の依頼が来ても『今日の曲ありますよ』という感じだった」

―名護市辺野古の新基地建設に伴う埋め立ての賛否が問われた県民投票の日「2月24日」を意味する曲「2・24」に込めた思いは。

 「『2・24』は県民投票が行われる直前に、できる限りの自己防衛というか、自分を防御する盾を作ろうとして生まれたんだと思う。(辺野古の新基地建設に)ノーと言っても結局、国のイエスの答えは覆せない。(私も)40歳を過ぎてあきらめることがいっぱいある。それでもノーと言うんだけど、そのたびにすごい敗北感を味わって、傷ついて、泣いた。でも、自分の子どもと同じくらいの選挙権を得たばかりの子たちは『ノーになるかもしれない』と本気で信じている。それを見たときに、この子たちがまたショックを受けて泣くことになると思った。この子たちが泣くことになる現実を受け止められない」


降りしきる雨の中、時刻ぎりぎりまで県民投票への参加を呼び掛ける若者ら=2019年2月24日、名護市

―県民投票の翌日から実際に土砂投入が始まった。

 「ノーっていう気持ちを持ってきたけど、やっぱりそうなるんだっていう感じ。国が変わらないなら、自分の許容範囲を広げるしかない。みんなどんどん自分の殻を厚くして鈍感にしていかないと(受け止められない)。私は辺野古のニュースが流れていても見られない。『大丈夫、こうなることは知っていた、大丈夫だよ』と自分を守るので精いっぱいになる」

―ミュージックビデオに若いクリエイターを起用するなど、若手の活躍を後押しすることに力を入れている。

 「大人になり、自分のために歌う力は残っていない。インディーズデビューが19歳。自分の子どももあの頃の私より大きくなった。自分が19歳、20歳の時にいっぱいいろいろな大人が、何も分からず上京したただの沖縄の女の子にバトンを託して、力を貸してくれた。22年間走ってきて、そのバトンを次の人に渡さないといけないと思う。音楽活動を通して見せてもらった景色は素晴らしかったから、それを次の人にも見てもらいたい」

―今は、誰のために歌っているのか。

 「自分は19歳のときに世界を変えられると思っていたし、ノーが通用するかもしれないって信じていた。若いときは大人が手伝ってあげないと価値が認められる『本物』になることは難しい。だから『本物』になるためのバトンを次の世代に渡さないと、という思いが自分の原動力だ。だけど、なんで今歌えるかというと、沖縄のためだから歌えているんだとも思う。誰かのためになり、初めて自分が立っていられると分かった」

―「40歳を過ぎてあきらめることがいっぱいある」という。若者に失望することはないか。

 「(若者に)希望を持っていなければ、バトンを渡そうとは思わない。自分の(心の)皮膚は、もう十分傷ついて分厚くなっているが、若い人の皮膚はまだ柔らかいし、どんな風に傷ついていくのか心配はある。(辺野古の新基地建設に関しても)とにかく、彼らを全力で応援したい。彼らがノーと言えば、私も『もちろんノー、支えますよ』と言う。そのために生け贄(にえ)が必要だったら、いつでもなる。若い人たちに柔らかい皮膚だった頃の自分を重ねてしまうから。応援したいし、守りたいと思う」









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