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老舗和菓子屋がネオン輝く立ち飲み屋「末廣ブルース」に 店主たちが栄町から牧志に進出したワケ<まちぐゎーひと巡り 那覇の市場界隈4>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社
緑色のネオンが目立つ「末廣ブルース」の外観=那覇市松尾

 旧・公設市場から仮設市場に歩くと、緑のネオンが視界に飛び込んでくる。12月21日にオープンしたばかりの居酒屋「末廣ブルース」だ。外装と内装を手がけたのは、共同経営者のひとり、松川英樹さん(45)である。

 松川さんは1974年、宮古島生まれ。那覇や東京の居酒屋で働いたのち、2012年に独立し、「アラコヤ」をオープンする。出店先に選んだのは栄町である。泉崎や久茂地の物件も見たけれど、ピンとくる場所には出会えなかった。そんなある日、弟から紹介された栄町の建物を内見したとき、すぐに図面が浮かび、その場所で「アラコヤ」を始めることに決めた。

 「栄町は歓楽街として栄えてた場所なんですけど、当時はちょっと寂(さび)れてて、皆に大反対されたんです。ただ、老舗の飲み屋は何軒かありましたし、『二万八千石』や『ルフュージュ』という新たな名店もあって、新旧織り交ぜた感じが面白いなと思ったんですよね。赤線の名残りも感じられて、色気のある街だから、まだまだ可能性があるなと思って、栄町で店を始めました」

 「アラコヤ」に続けて、松川さんは「トミヤランドリー」や「べべべ」(現在は閉店)といったお店を手掛けてきた。少しずつ街が賑(にぎ)わいを取り戻すなかで、「栄町をもっとイケてる場所にしたい」という思いもあり、栄町にこだわって店を展開してきた。

共同経営の提案

 そんな松川さんが公設市場の近くで店をオープンするきっかけを作ったのは、もうひとりの共同経営者である上原良太さん(33)だ。

共同経営を提案した上原良太さん(右)と、共同経営を承諾して店の外装、内装なども手掛けた松川英樹さん=那覇市松尾の末廣ブルース

 上原さんは2017年から、栄町で「八六」という居酒屋を営んできた。2019年の夏、上原さんのもとに、不動産業を営む兄から連絡が舞い込んだ。公設市場の近くで1950年からお店を営んできた「末廣製菓」が移転し、物件が貸しに出ているというのだ。

 その物件に惹(ひ)かれるところはあったものの、自分のお店をオープンして3年と経っておらず、ひとりで新店舗を立ち上げる余裕はなかった。でも、この立地の物件を県外の業者に押さえられるのは惜しかった。そこで、同じく栄町で居酒屋を営んでいる松川さんに共同経営の話を持ちかけたのだ。

 上原さんから電話を受けて、松川さんは物件を見に行くことに決めたけれど、当初は乗り気ではなかったという。

 「アラコヤ」から少し遅れて、公設市場の近くに大衆酒場「足立屋」がオープンする。この店をきっかけに、まちぐゎーエリアにせんべろ文化が花開き、酒場が急速に増えている。栄町と公設市場は歩いて15分ほどの近さだが、松川さんはこれまで、公設市場に出店することは考えてこなかったという。

 「公設市場は安く飲める店が多くて、そこにお客さんが殺到してますよね。栄町にも飲み屋は多いですけど、そこまでワイワイガヤガヤしているわけではなくて、食の変態さんが、こぢんまり店をやっている街なんです。中華、エスニック、フレンチ、イタリアン、和食。すべてのスペシャリストがマイペースに店をやっているところでずっと商売をしてきたので、公設市場で自分が店をやるってことはまったく考えてなかったですね」

市場の歴史学び

1960年ごろの末廣製菓(同社提供)

 ところが、「末廣製菓」の物件を見た瞬間に考えが変わった。こんな物件に出会えるのは一生に一度だとさえ思った。

 「商売をやっていると、自然と建築に興味を持つようになるんですけど、この建物の味は再現しようと思っても不可能だと思うんですよね。だから、この外観を残して改装することに決めて、店名にも『末廣』という名前を使わせてもらうことにしたんです。それで、半年かけて改装工事をしたんですけど、そのあいだに公設市場の歴史を学んだり、首里城のことを考えたりしていると、そこらへんの気持ちを背負ってやっていかないとって気持ちになってきましたね」

 「末廣ブルース」の向かいには、「飯ト寿 小やじ」もオープンしたばかりだ。「小やじ」のオーナーとは20年来の仲だということもあり、あえて同じ日付にオープンし、正月には餅つき大会も共催した。

新たな息吹

 「やっぱり、店づくりは街づくりだと思うんです」と松川さんは語る。「栄町で商売を始めたときにも思ったことなんですけど、僕らは新参者なんですよね。でも、そこで何十年も商売されてきた方がいる。3年後に新しい市場が完成したときに、古き良き時代を引継ぎつつ、那覇市の中心となって発展していくと思うんですけど、そこに僕らも何か貢献できたらなと。自分たちのスタイルを変えるわけではないですけど、僕らは僕らで一生懸命頑張って、お客さんに楽しんでいただきたいというのが一番ですね」

 「末廣ブルース」の看板料理はおでんとホルモン、それに沖縄の食材を使った料理だ。

「名物にしたい」と意気込むメニュー「豚ハツと生牡蠣の青唐タルタル」=那覇市松尾

 メニューを手に取ると、「名物にしたい 豚ハツと生牡蠣の青唐タルタル」という文字が飛び込んでくる。この「名物にしたい」という言葉に、意気込みを感じる。

 まちぐゎーには老舗が数多く残っている。それらのお店は、戦後の混乱の中から、何か目を引く商品をと工夫を重ねて商売を続けてこられたお店だ。それと同じように、今また若い世代が新しいスタンダードを生み出そうとしている。その息吹を、緑色に輝くネオンに感じる。

(橋本倫史、ライター)

 はしもと・ともふみ 1982年広島県東広島市生まれ。2007年に「en-taxi」(扶桑社)に寄稿し、ライターとして活動を始める。同年にリトルマガジン「HB」を創刊。19年1月に「ドライブイン探訪」(筑摩書房)、同年5月に「市場界隈」(本の雑誌社)を出版した。


 那覇市の旧牧志公設市場界隈は、昔ながらの「まちぐゎー」の面影をとどめながら、市場の建て替えで生まれ変わりつつある。何よりも魅力は店主の人柄。ライターの橋本倫史さんが、沖縄の戦後史と重ねながら、新旧の店を訪ね歩く。

(2019年1月24日 琉球新報掲載)