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菜の花さんは希望そのもの 彼女とお年寄りの交流を通して見えてきたこととは… 映画「ちむぐりさ」監督の平良いずみさん(沖縄テレビキャスター) 〈ゆくい語り 沖縄へのメッセージ〉26


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インタビューに答える平良いずみさん=24日、那覇市久茂地の沖縄テレビ本社

 沖縄テレビの看板キャスターである平良いずみさん(43)は、沖縄放送界屈指のドキュメンタリーの作り手でもある。作品の評価は高く、民放界の主要な賞を多く受けてきた。

 2018年5月に放送され「地方の時代」映像祭グランプリを獲得した「菜の花の沖縄日記」は、OTV開局60年記念作品「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」として映画化された。1日から那覇市の桜坂劇場で公開されている。

 石川県出身で那覇市のフリースクール「珊瑚舎スコーレ」に通った坂本菜の花さんがつづった「心に響く言葉」(平良さん)を軸に、基地問題に揺れる沖縄の苦しみや葛藤を描いた。平良さんは「本土の、特に若い人たちに沖縄の問題を自分ごととして考えてほしいという一心で作った」「県民にとって、基地問題は暮らしと命に直結した問題だ」と語った。

生活者の目線から沖縄の今切り取る

 

「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」の「語り」を担った俳優の津嘉山正種さん(中)を囲んでくつろぐ坂本菜の花さん(左)と平良いずみさん。沖縄戦後史を踏まえた津嘉山さんの優しい語りが作品の彩りを増している=2018年12月1日、東京都内

 ―初制作となった映画「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」の主人公である坂本菜の花さんは、監督にとってどんな存在か。彼女のドキュメンタリーを作ろうと思った理由は。

 「ドキュメンタリーの師と仰ぐフジテレビ元プロデューサーの横山隆晴さん(近畿大学教授)から『沖縄を描くドキュメンタリーはどうしても暗く、つらくなる。人は希望がないと見てくれない』と言われた。社会にとって希望は子ども、若者だと3日間考え続け、菜の花さんを番組にしたいと思った。2015年、沖縄戦のために学校に通えず、珊瑚舎スコーレで学び直すお年寄りに焦点を当てた『まちかんてぃ』を制作し、その後に菜の花さんが入学した。彼女のコラム『菜の花の沖縄日記』(北陸中日新聞の連載、単行本化)を読み、高校3年生になった17年に密着取材した」

 「菜の花さんは希望そのもの。全身で人の話を聞き、受け止める。じっくりと温めて文章にする力もある。私はドキュメンタリーを作る上で、インタビューをしないことにこだわっている。聞きたいことを引き出そうとすると、大きなカメラがあるテレビは非日常の空間になってしまうが、空気のように密着取材する中で、心に響く言葉を語ってくれるようになる。菜の花さんの感動的な言葉も収録したが、ナレーションを入れた後に何か足りないと気づき、彼女が新聞連載と本で紡いだ言葉を映像表現できるように構成した」

菜の花さんを通して若い世代に伝えたい

 

自身が監督した映画「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」のポスターの前でほほえむ平良いずみさん=1月24日、那覇市久茂地の沖縄テレビのニューススタジオ

 ―「『ちむぐりさ―』の中で、珊瑚舎スコーレで学ぶお年寄りと菜の花さんの触れ合いに胸を打たれる。苦難の戦後史、今の基地問題の源流である沖縄戦を経験した方々と菜の花さんの交流を追った狙いは何か。

 「戦争は駄目だ、やっちゃいけないということは平和教育で学ぶが、戦後70年余もたつ中で心の底から共感してもらうために、テレビは今を切り取らないと訴える力が弱くなってしまう。今を生きている人たちを通してどう描いたらいいかなと思った時、珊瑚舎スコーレのおじいちゃんおばあちゃんと菜の花さんの交流を描こうと思った。字が書けない悔しさなど、戦争のために負った深い傷を菜の花さんの視点を通して、若い世代に感じてほしいと考えた」

 ―映画のタイトルに「ちむぐりさ」を据えた意図を聞きたい。

 「石川県出身の10代の少女・坂本菜の花さんのフィルターを通して、沖縄の問題を本土の国民、特に若い人たちに自分ごととして考えてほしいという一心で作った。狭い沖縄に、日米安保のひずみ、負担が押し付けられ封じ込まれている中、歴史に根差した、ウチナーンチュの人を思う優しさや悔しさが凝縮されているこの言葉をタイトルにした」

 ―「ちむぐりさ」は、石川県出身の菜の花さんがあえぎ苦しみながら、沖縄を学び、沖縄のために何ができるかを考え抜く姿と重なる。印象的な場面を挙げてほしい。

 「2017年10月、米軍のヘリが不時着し、東村高江の西銘晃さんの農地で炎上した。西銘さん宅を訪ねた菜の花さんに、妻の美恵子さんが『(隣家に住む晃さんの)お父さんはヘリに乗った米兵は大丈夫だったかとずっと心配していた』と言う場面がある。被害を受けた側から、事故を起こした側の米兵に対する思いがけない優しい言葉を耳にした菜の花さんの表情に複雑さと驚きが浮かぶ。その後、前日の国会で『それで何人死んだんだ』とやじを飛ばした副大臣の話を口にした美恵子さんが笑いながら泣く。沖縄の女性の強さ、優しさを全て内包した場面だ」

 ―映画化で意識したことは。

 「ドキュメンタリーは今を切り取ることを大事にしなければいけない。テレビの番組の放送が2018年5月だったので、その後の沖縄の動き、19年2月の県民投票までを盛り込んだ。OTVで初めてとなる映画作品だったが、社内外の大きな後押しを受け、完成することができた」

言葉を紡ぐ大切さ 出演者から学んだ

 

 ―本土のメディア関係者の中に「沖縄の問題はもうたくさん」「視聴率が取れない」と言う人が多くいる。沖縄のドキュメンタリーの作り手として意識していることは何か。

 「基地問題は確かに政治の問題だが、取材していて思うのは、県民にとっては暮らしの問題であり、命に直結した問題だということ。緑ヶ丘保育園や普天間第二小学校への落下物事故後、子を守らねばならないという保護者の声は痛切だった。生活者、暮らしの目線で実情を描き、県民が何に対して悲しみ、怒っているか。やはり米軍基地の存在によって静かな日常が切り裂かれ、事故が起きれば命が脅かされる不条理に対して、黙っちゃいられないというウチナーンチュの思いを心で感じてもらいたい。そこが一番のテーマだ」

 「言い古された言葉かもしれないが、戦争のためにペンを取らない、カメラを回さないという思いが強い。基地問題に関して県民同士の分断が進む状況にある中、生活者としての実感を込めて本音で作ることが大事だと思う。沖縄の人が共感する番組をぜひ本土に広げてほしい―と言われる。その思いを実らせたい」

 ―沖縄発のドキュメンタリーでは、三上智恵さんら女性の作り手の活躍が際立つ。

 「沖縄の声を届ける三上さんの作品に敬服し刺激を受けてきた。テレビ番組から映画に広がる道を切り開いてくれたことにも感謝している」

 ―作品の語りを名優・津嘉山正種さんに担ってもらった狙いは。

 「沖縄の心を踏まえて語っていただける方だ。原稿にもびっしり赤字を入れてくれた。米軍機の事故をめぐり保護者が要請する場面で、沖縄の現状を変えられなかった大人の一人としてわびる語りに自ら変えた。そのシーンにスタッフ皆で号泣した。作品に命を吹き込んでくれた」

 ―今の社会状況の中で、この作品を世に問う意義を聞きたい。

 「民意が無視され続けている沖縄の今を表す言葉を見失ってしまいがちだが、それでもなお言葉を紡ぎ続ける大切さを出演者から学んだ。沖縄の今について対話が生まれることを願い、映画を送り出したい」

(聞き手 編集局長・松元剛)

たいら・いずみ

 1977年那覇市出身。琉球大卒。99年沖縄テレビ入社。夕刻の「OTV Live News It!」のキャスター。医療・福祉、移民、基地問題などのテーマでドキュメンタリー番組を多数制作し、受賞も多数。2011年の「どこへ行く、島の救急ヘリ」、15年の「まちかんてぃ」、18年の「菜の花の沖縄日記」が民放連賞優秀賞。「菜の花―」は「地方の時代映像祭」グランプリを獲得、映画化された。

 取材を終えて  

(編集局長・松元剛)

本土にも届くまなざし

 本土には、メディア関係者の中にさえ「沖縄は被害者意識が強すぎる」と言い放つ人がいる。映画「ちむぐりさ―」は古くて厚い壁を乗り越え、本土に住む幅広い世代の国民に、基地の島で起き続ける不条理について考えてもらう力を宿している。

 坂本菜の花さんが、10代の豊かな感性で紡ぐ言葉は「ちむぐりさ」を体現する。平良さんの作品群には、目指すべき沖縄の姿を求めて行動する人たちに温かい目で寄り添い、生活者の視線を軸に、共鳴できる言葉や行動を丹念にすくい取る共通点がある。

 4歳の長男の育児にも奮闘中だ。「毎日ぱたぱたで、駄目ママです」と謙遜するが、「未来を背負う子どもたちが安心して暮らせる沖縄」にこだわる真摯(しんし)なまなざしと制作手法は、母親になって深化、進化したのではないか。今後も秀作を生み出してくれるだろう。

(琉球新報 2020年2月3日掲載)