米上院の弾劾裁判はトランプ大統領に無罪評決を出した。ウクライナ疑惑を巡る真相は依然、解明されていない。浮き彫りにされたのは、米国社会の分断の根深さと党利党略に走る米国政治の劣化だ。
トランプ氏に向けられた疑惑は、ロシアとの紛争を抱えたウクライナの新政権に対し、ホワイトハウスでの首脳会談実現や軍事支援を見返りに、野党民主党のバイデン前副大統領周辺を捜査するよう圧力をかけたというものだ。バイデン氏は今年11月の大統領選で対立候補になる可能性がある政敵である。
自身の再選のために外交を利用したことが「権力乱用」に、弾劾調査への協力を拒み議会の憲法上の権限を妨げたことが「議会妨害」に当たるとして、民主党が多数を占める下院が昨年12月に弾劾訴追決議を賛成多数で可決した。
下院委員会の公聴会では、テーラー駐ウクライナ代理大使が、バイデン氏に関する捜査着手をウクライナが公表することが軍事支援継続やホワイトハウスでの首脳会談開催など「全て」の条件だと聞かされていたと証言した。
さらに、ソンドランド駐欧州連合(EU)代表部大使も、首脳会談がバイデン氏に関係する捜査の「見返り」と位置付けられていたと明言している。私的な利益のため米外交を利用した実態が色濃く浮かび上がった。
だが上院で始まった弾劾裁判で、多数を占める共和党は早期の幕引きを目指した。不利な証言が出ることを懸念し、ボルトン前大統領補佐官らの証人尋問を否決した。
ボルトン氏は、トランプ氏がウクライナへの軍事支援を再開する条件としてバイデン氏の調査を求めていたと著書の草稿で指摘していた。弾劾裁判で証人尋問が認められなかったのは今回が初めてだ。
トランプ氏の弁護団は二つの訴追条項を「断固否認する」と表明したが、「見返りはなかった」というトランプ氏の主張を額面通りに受け取るわけにはいかない。
大統領就任から828日間でトランプ氏が発したうそや誤解を招く表現は1万回を突破したと、米紙ワシントン・ポストが昨年4月に報じている。同紙の検証チームが分析したという。1日平均12回、うそや誇張を発信してきた計算になる。大統領としての適格性に欠けた振る舞いだ。
それでも一定以上の支持率を維持しているのは、メディアが示した事実よりも、トランプ氏の言葉を信じた方が好都合と考える国民が少なくないためだと考えられる。真実から目を背ける風潮は民主主義にとって脅威だ。
罷免を求める世論は広がらず、弾劾裁判は灰色のまま幕を閉じた。三権分立を守るはずの仕組みは政争の具と化し、機能不全に陥った感がある。選挙戦を有利に進めることに重きを置き、真実の追求をなおざりにした上院の対応は、米政治史に汚点を残した。