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<メディア時評・新型コロナウイルス>私権制限のリスク大 決定過程の公開は必須

 冬から春にかけて、東京はマスクの季節だ。インフルエンザに花粉症、それに最近では若年層の顔隠しのためもあって、街中にマスク姿が氾濫する。今年はそれに、新型コロナウイルスへの感染防止で、店頭ではマスクも消毒薬も軒並み売り切れの状況が続いている。「正しく怖がる」は、2011年の東京電力福島第1原子力発電所爆発事故後の流行りフレーズだが、社会全体が軽いパニックに陥っていると言ってもよかろう。

 テレビでも久しぶりに朝から晩まで、専門家と称するコメンテーターが入れ替わり登場し、同じ話が繰り返されるし、新聞でも連日、大きな扱いだ。そこでは、政府の対応が後手であるとか生ぬるいという方向に話が進みがちな状況にあるが、私権を時に大幅に制限する措置を伴うだけに、冷静な判断が必要なことはいうまでもない。その視点のいくつかを、確認しておきたい。

緊急事態法制

 今回の特徴の一つは、政府に「迅速」「特別」な対応を求める声が強いことだ。これらはいわば「緊急事態」であることを前提としている。そうはいっても、こうした行政処分や措置といった政府や自治体の対応には根拠法が必要である。現在、日本における緊急事態法制としては以下のものが挙げられる。

 もっとも古いものとしては、伊勢湾台風の甚大な被害を受けて1961年に立法化された災害対策基本法がある(同種のものとして大規模地震対策特別措置法=以下、特措法、78年。関連して、地震防災対策特措法、南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特措法、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特措法)。そのベースは、戦後すぐにできた気象業務法だ(52年制定)。ただし2000年前後に、大きくフレーズが変わる。それまでの、まさかの「天災」に対応するための緊急対応のための法から、「人災」に対処するための法ができ始めるからだ。

 1999年の原子力災害対策特措法をはじめ、石油コンビナート等災害防止法などである。そのいわば集大成ともいえる法が、2003年の武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律であり、翌04年の武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律である(関連して、特定公共施設等の利用に関する法律)。これらは表現の自由との関係で、大きく2つの制限を課す法律群だ。

 第1が、市民的自由としての移動や居住の自由などの制約だ。いわゆる「私権の制限」と呼ばれるもので、緊急事態法制の普遍的な特徴の一つである。これにはもう一つの特徴である「権限の集中」も、もれなくついてくるといってよかろう。首相もしくは都道府県の長による「緊急事態宣言」と、それに伴って議会の手続きを省略した強力な権限が行政のトップに付与される仕組みが用意されているわけだ。

 第2が、指定公共機関の制度を通じての、取材・報道の自由に対する制限が行われることだ。法によって多少異なるものの、NHKをはじめとするテレビ・ラジオ放送局や、新聞社がその対象だ。具体的な制約としては、取材で収集した情報の政府への伝達や、職員や機材の提供が求められる。強制力はないが、実際に要請があった際に断ることは難しかろう。

パンデミック対策法

 そして、これらをより強力に制度化したものが、パンデミック対策法だ。1951年にできた出入国管理法や検疫法が基本となる法制度で、まさにいまコロナウイルス対策として適用されている。検疫感染症として指定することで、入国・入港禁止や隔離措置が可能になる。現在、空港の入管で日本への入国を拒否したり、横浜港沖でクルーズ船を留め置き検疫を行っているのは、これらを法根拠とした行政措置・処分である。

 さらにもう一つの根拠法が1998年の感染症法だ。伝染病予防法、エイズ予防法、性病予防法を統合した法律である。これによって指定感染症に指定されると、就業制限や強制入院措置が可能になる。いずれにせよ、通常の生活においては、全く想像だにしない移動の自由が全面的に規制を受けることになる。しかも、その期限は行政権限に委ねられている。

 さらに強力な伝染力を有する感染症を想定したのが、2012年当時、実質わずか5時間の国会審議で成立した新型インフルエンザ等対策特措法である(詳しくは本欄12年4月参照。『見張塔からずっと』田畑書店、所収)。中身は、予防接種の実質強制接種から始まり、緊急事態宣言による外出禁止、さらには最大2年の施設利用・催事の制限・停止と極めて強力な私権制限が続く。先に挙げた指定公共機関制度を通じての報道機関への縛りも存在する。

 強力な制限規定があるゆえ、「国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない」との配慮条項が置かれている(5条)。表現行為を対象とした権利制限に伴う同種の条項のある法律は、先に挙げた武力攻撃事態対処法3条(5)(安保関連法、03年・15年修正)、憲法改正手続法100条(国民投票法、07年)、特定秘密保護法22条(1)(13年)、組織的犯罪処罰(共謀罪)法6条(4)(17年)と、国会審議で問題となった近年の法律群と共通の特徴でもある。

 しかも、全面的な政令委任によって、実際の運用はほとんどすべて閣議決定で施行可能となっている(閣議決定による恣意的運用に関しては前号当欄参照)。それゆえに、事後検証を可能とし将来の対策に生かすためにも、政府内の意思決定過程の詳細な記録と迅速な公開は必須だ。

 ただでさえ、感染症の蔓延(まんえん)防止を理由に非日常の権利制限が許される雰囲気にある中、より強力な法の適用や運用には大きなリスクが伴うことを、予め十分理解しておく必要がある。

(山田健太、専修大学教授・言論法)

 



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