力強い踏み切りから宙へと舞い上がり、豪快に技を決める体操跳馬のスペシャリスト、安里圭亮(26)=宮里中―興南高―福岡大出、三重・相好体操クラブ。強靱(きょうじん)な下半身を生かした国内トップクラスの跳躍力を武器に、自ら開発した新技に挑んでいる。その名は「屈身リ・セグァン」。跳馬では世界最高難度となる超大技だ。同レベルの演技価値点の技は過去に国際大会で成功例がない。「体操ニッポン」でのハイレベルな代表選考を勝ち抜き、五輪の表彰台に立つため、心技体を磨き続ける。
■初披露
昨年5月に東京であったNHK杯。ロイター板を踏んで勢いよく台から飛び立った安里が誰も見たことがない技を披露した。「回転がまだ足りなかった」と前かがみの着地でマットに手を付いたが、Dスコア(演技価値点)は6・4がつき、審判に技として認められた。屈身リ・セグァンが世に現れた瞬間となった。
国際大会での現状の最高難度はDスコア6・0で、その一つの「リ・セグァン」は、リオデジャネイロ五輪跳馬金メダリストのリ・セグァン(北朝鮮)が開発した。側転跳びから体をひねり、膝を抱え込みながら前方に1回転し、さらにひねって後方に宙返りをして着地する。ただでさえ強い跳躍力が必要だが、安里の新技ではこの前方、後方への回転を伸ばした足を抱え、体をくの字に曲げたような状態で行う。空気抵抗の増加で回転力が下がるため、より高さが求められる。
技の開発に着手したのは2018年の冬。それまでもリ・セグァンを武器に国内外で好成績を残していたが、東京五輪出場に向け「さらにレベルアップしたい。屈身で跳べれば抱え込みの余裕も生まれる」と挑戦を決心した。新たに技名を付けるには国際大会で成功させる必要がある。近い将来、新技「アサト」として認定されるかもしれない。
■けがの功名
「トランポリンが楽しそうだった」と、5歳の時に沖縄市のニライスポーツクラブで体操を始めた。中学時代は九州総体の団体で優勝を果たし、高校では10年の美ら島総体などを経験。興南高で監督として指導した県体操協会の知念義雄会長(78)は「どの種目でもミスをしない選手。団体戦は必ずトップバッターで起用していた」と全幅の信頼を寄せていた。
転機は大学時代。1年時に右肩を骨折し、ほぼ1年間、器具にすら触れなかった。葛藤の中で我慢を続け、下半身と体幹を徹底的に鍛えた。もともと床を得意としていたが、脚力と空中姿勢が向上したことで復帰後は跳馬向きの体に。3年でリ・セグァンの習得を始め、4年で全日本学生選手権の種目別跳馬で2位となり、全国で頭角を現した。
17年には県勢として22年ぶりに世界選手権に出場。当時24歳。遅咲きで、自身初の国際大会が大舞台となり「決勝はほぼ覚えていない」。緊張でメダルは逃したが、堂々の6位入賞。会場の雰囲気や国内で使う器具との違いを経験して「あれが一番大きかった」と精神面で成長し、17、18の両年に出場した2つの国際大会で種目別の優勝を果たした。
■鍵は筋力増強
並外れた脚力は独特な助走に現れている。助走距離は25メートル以内と規定され、多くの選手が最後尾からゆったりと加速していくが、安里は違う。19メートル地点からスタートし、一気にトップスピードに乗って高々と舞う。下半身の爆発力を生かし「型にはまった」と、自身のスタイルを築いた。
ただ屈身リ・セグァンを安定させるためには、まだ高さが足りないという。これまで4大会で披露し、徐々に「高さと回転は出てきている」と技のキレは洗練されてきているが、着地が安定せず、出来栄えを示すEスコアが伸び悩む。
改善に向けて注力するのは、筋力の増強だ。より高さを出すため、ふくらはぎを鍛えて助走スピードを上げ、勢いを保ちながら伸ばした足を抱え込めるよう腹筋の強化も図る。「着地のタイミングを取るための空中での位置感覚がまだまだ」と、今の自己評価は6割程度という。
今後、全日本個人総合決勝などの出場権を懸けた種目別トライアウト(4月)を皮切りに、代表選考に懸かる大会が続く。種目別での五輪出場を狙う安里は「一生に一度あるかないかのチャンス。代表として、誰が見ても『すごい』と思う演技がしたい」と意気込む。練習や競争環境で他県に劣る沖縄で育ち「コツコツやっていれば、将来花開くことを沖縄の子どもたちに感じてほしい」と、故郷への思いも力に変える。
時間にしてわずか数秒、体操種目の中で最も競技時間の短い跳馬。その一瞬に、全てを懸ける。
(敬称略)
(長嶺真輝)