サトウキビ畑縫って牛舎を一軒一軒訪ね 記者が耳にしたこととは… 血統牛DNA不一致からみえる農家とJA、沖縄県との深い溝


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希少価値の高い種雄牛「安福久」の血統を持つ母牛=11日、久米島町内

 サトウキビ畑の間を縫って、牛舎を一軒一軒、訪ね歩いた。「久米島町で出荷された牛の一部でDNAの不一致があった。その事実を隠したまま、競りが開かれようとしている」―。私たちには、そんな情報が寄せられていた。

 「新報? 次行って」。ある年配の農家はそれだけ言って、よそを向いた。一方で、餌やりの手を止め、1時間近くも話を聞かせてくれる人もいた。情報は事実だった。

 「どうしたら良いか分からなくて困っている」「バイヤー(購買者)が来なくなるかもしれない」

 18日に迫る競りを前に、農家には不安と疑心暗鬼が広がっていた。

 競りを運営するJAおきなわは昨年6月、町内の家畜人工授精師(48)が種付けした牛でDNAの不一致を確認した。12月、同じ授精師が関わった牛に血統矛盾が発覚し、年が明けてからDNA検査を依頼。この間、バイヤーや消費者に公表することなく、競りを続けていた。

 なぜ公表しないのか。私たちの問いに、JAおきなわ久米島支店の松元靖農産課長は「余計に不安をあおることになり、競りの価格が下がってしまう。公表するなら県だ」と説明した。「生産者の利益を守るために」と強調し、「記事掲載は競りが終わってからにしてほしい」とも言った。

 さらに「(他の市場から)『値が下がったのは久米島のせい』と言われたら立つ瀬が無い」と、本音とも取れる発言もあった。

 県は家畜人工授精師の免許を交付し、監督機関でもある。県家畜改良協会から2月14日に「不一致」の報告を受けながらも、公表していなかった。今月10日の取材に県畜産課は「家畜改良増殖法に基づき粛々と対応する」と答え、危機意識の薄さを露呈していた。

 12日の本紙報道後、DNA不一致の頭数や発覚時期など、基本的な情報が二転三転した。JAの本店と支店、県や改良協会の間での情報共有の問題や連携不足が浮き彫りとなった。

 13日午後、JAおきなわの記者会見が開かれた。会場は2年前に完成した地上10階建てのJA会館で、グレーのスーツ姿の普天間朝重理事長は「迷惑と不安を掛けた」と謝罪した。

 会見終盤、「農家との信頼関係を大切にしている」と答える一方、「購買者、消費者の信頼を一刻も早く回復することが最も重要」と話し、「今回の件は授精師の問題」とも付け加えた。農家の信頼は失っていないかのような言いぶりだった。

 普天間理事長の発言を聞きながら、私たちはある牛農家の顔を思い浮かべた。

 自身を「牛飼い」と呼ぶその50代の男性は、約30年間、久米島で牛を育ててきた。毎朝7時ごろから餌をやり、12時間は働く。出産があると、夜中も牛舎で汗を流す。「牛が好きで、仕事に対する誇りを持ってやってきた」。そこへ突然降ってきた血統矛盾問題。家畜人工授精師でもある男性は「プロならあり得ないミス」と顔をゆがめながら、「ただただ残念」と繰り返した。

 血統矛盾問題は全国に波及しつつあり、普天間理事長も会見で「(購買者、消費者の)かなりの信頼を失った」と認めた。沖縄の畜産業全体の信用失墜につながる恐れがある。昨年6月の問題発覚後、JAおきなわ、県の双方に当事者意識があれば、これほどの事態には陥っていなかっただろう。「農家を守る」と目先の取引価格に拘泥した結果、購買者や消費者の存在をおざなりにし、ひいては農家の利益をも損なってしまったのではないか。

 普天間理事長の会見後、先の農家に今の思いを聞いた。「県、JAには、沖縄の畜産業をどうするか真剣に考えてほしい。農家が安心して生産を続けられるようにしてほしい。願いはそれだけ」。日焼けした顔と牛舎の香りを思い出した。
 (南部報道部久米島担当・真崎裕史、経済部農水担当・石井恵理菜)