<新型コロナOISTによる洞察>2 なぜウイルスの治療は難しいのか 宿主破壊の危険も


<新型コロナOISTによる洞察>2 なぜウイルスの治療は難しいのか 宿主破壊の危険も
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 コレラ、結核、腸チフス、一部の潰瘍、呼吸器感染症、食中毒などといった多くの細菌性疾患は、今日では抗生物質で治療されています。こうした薬物は、近現代の人類の歴史において、何百万もの命を救ってきました。

 しかし、ウイルスの治療となると、そう簡単にはいかないのです。一体、なにがそんなに違うのでしょうか。

 まず、ウイルスは細菌よりもはるかに小さいということが挙げられます。ウイルスを観察するためには、高性能な電子顕微鏡が必要です。

 私たちの体の細胞の大きさはおよそ0・05ミリ程度です。細菌はそれよりも10倍小さいのですが、ウイルスは細胞よりも500倍もさらに小さいのです。

 ウイルスの内部には、人間の細胞に含まれる遺伝物質とは異なる化学構造を持つ遺伝物質があります。この遺伝物質を包んでいるのがエンベロープという脂質層です。ウイルスは構造的には複雑ではないものの、恐るべき威力があります。ウイルスは本質的に、自分自身を増殖させることをたった一つの目的とする遺伝情報の塊なのです。

 科学者はウイルスを生き物とは考えていません。ウイルスは、それ自体で成長したり、栄養摂取したり、増殖したりすることができないからです。もし、人の体内へウイルスがアクセスすることを拒むことができれば、ウイルスは死滅します。微生物や細菌はそれぞれが独立して代謝および繁殖することができる一方で、ウイルスは細菌、動物または植物細胞のいずれかの宿主(ホスト)を必要とします。ウイルスが複製し、繁栄するためには、ホストによって提供される機構が必要なのです。

 これは、いったんウイルスが私たちの体内に入ってしまうと、それらを破壊することが非常に難しくなるということでもあります。抗ウイルス薬はウイルスを殺すことができますが、それらをホストしている細胞も殺してしまうかもしれません。したがって、ウイルスだけを効率的に破壊する治療法を見つけることは非常に困難です。

 これは、米国のトランプ大統領が見落とした点です。彼が提案した、ウイルスを一掃するための消毒液注射などという考えは、患者もろとも一掃されてしまう可能性があるという事実を見落としていました。大統領は後に、自身の発言は皮肉であり、定期的に彼を攻撃する人々を狙ったメッセージだと主張していましたが。

 攻撃といえば、真に効果的な攻撃ということに関して、ウイルスに匹敵するものはほとんどありません。専門家たちは新型コロナウイルス感染症(COVID19)に対して、もしなんら対策を講じなかった場合には、日本における死者は40万人にも上ると試算しています。この小さな構造体は、まさに、世界的な大混乱をもたらすことに成功しているのです。

 なぜ今なのか?ウイルスは野生動物の細胞内に数十億年もの間存在していますが、新型コロナウイルスの宿主はコウモリであった可能性が高いと考えられています。

 しかし、新型コロナウイルスのようなウイルスの機構は不完全であり、ウイルスが増殖するにつれ、その遺伝物質がわずかに変化する、突然変異が生じることがあります。こうした変化により、たまたまコウモリだけでなく人間にも感染する新しい特性を持ったものが現れた可能性があり、そうした突然変異株が中国武漢の人々に感染し、世界中に広がったと信じられています。

 感染した人は、感染後最初の1週間ほどの間に大量のウイルスを放出します。咳やくしゃみをしたり、ウイルスが付着した水滴を吐き出すだけでも、他の誰かが吸い込んでしまう危険があります。こうして、ウイルスは人々の鼻腔(びくう)内に新しい住み所を見つけていきました。 (OIST学長)