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「ああ、店で売りたいな」市場の古本屋ウララ・宇田さんがコロナ閉店中に考えたこと <まちぐゎーひと巡り 那覇の市場界隈7>


この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 4月4日、まちぐゎーに衝撃が走った。那覇市第一牧志公設市場から新型コロナウイルス感染者が出たことを受け、市場が臨時休業すると発表されたのだ。市場中央通りで「市場の古本屋ウララ」を営む宇田智子さんは、驚きのあまり「最初はフェイクニュースかと思った」という。

 「あの段階ではまだ市中感染が起きてなかったから、マスクを着けている人も少なかったんです。それが急に至近距離で感染者が出て、皆が騒然となった。4月に入ってからは売り上げが明らかに下がっていたので、こんな状況で店を開けててもと思ってはいたんですけど、もし私が感染したらまちぐゎー全体に影響を及ぼすんだと実感して、休業することに決めました」

市場中央通りにある「市場の古本屋ウララ」=那覇市牧志

 「市場の古本屋ウララ」は4月6日から臨時休業に入った。それは政府の緊急事態宣言が発出される前の日だった。県が7業態に営業自粛要請を求めた4月23日以降は、まちぐゎーのほとんどのお店がシャッターを下ろした。

激動の日々

 神奈川県生まれの宇田さんは、大学卒業後に書店に就職。2009年、異動を機に沖縄に移り住んだ。県産本の魅力に惹(ひ)かれ、11年に水上店舗で「市場の古本屋ウララ」を始めた。創業から9年、これほど長く店を閉めるのは初めてのことだという。

 第一牧志公設市場が一時閉場を迎えて、もうすぐ1年が経(た)つ。振り返ってみるとそれは激動の日々だった。

市場中央通りで「市場の古本屋ウララ」を営む宇田智子さん

 昨年6月16日に市場が一時閉場し、7月1日に仮設市場がオープンすると、市場中央通りを行き交う人の数も減り始めた。客足を取り戻すべく、通り会でイベントを企画し、アーケード再建に向けた協議も重ねてきた。通りとアーケードの歴史をまとめた小冊子が完成し、市場中央通りのオリジナルTシャツが完成し、賑(にぎ)わいも戻り始めていたところに、コロナ禍が降りかかった。「市場が一時閉場するとき、第一牧志公設市場組合長の粟国智光さんが『市場と周辺事業者は運命共同体』とあいさつされてましたけど、ほんとに運命共同体だなと思いました」と宇田さんは振り返る。

変わる市場の姿

 臨時休業に入ってからも、宇田さんは定期的にまちぐゎーの様子を眺めてきた。その間に、半年ほど前から続いてきた解体工事も山場を迎え、今ではすっかり更地になった公設市場跡地が見渡せる。

 宇田さんはずっと、公設市場の向かいで店を営んできた。臨時休業を決断したとき、売り上げが断たれることだけでなく、移り変わる市場の姿を見続けられなくなることも気がかりだったという。宇田さんは古本屋としてお店を切り盛りしながら、エッセイストとして、帳場から見える風景のことを書き綴(つづ)ってもきた。

公設市場の解体工事が始まるまでは、向かいに鰹節屋が見えていた

 「店にいる時間の中で、本を売っている瞬間って少ないんですよ」と宇田さん。「それよりも、本の値付けをしたり、ただ座っていたりする時間のほうが多くて。4月の初めには『こんなに売れないんだったら閉めたほうがいいかな』と思って臨時休業にしたんですけど、ただ本を売るためだけに店を開けてるわけでもなかったなと、この期間に思いました。もちろん全然売れなければモチベーションが保てないですけど、路上に棚を広げて本を並べて、そうやって場所を作ることに面白さを感じていたんだなと気づかされました」

 古本屋の中には、店舗は臨時休業としながらも、インターネットの通信販売で営業を続けるお店もある。ただ、売り場がわずか3畳の「市場の古本屋ウララ」は、シャッターを閉めたままでは作業ができず、完全に仕事から遠ざかっている。

 「ただ、そのことに焦りはないんです」と宇田さん。「やっぱり私は、店で本を売りたいんですよね。ボーダーインクの新刊が出たと聞くと、『ああ、売りたいな』と思いますけど、通販じゃなくて店で売りたいという気持ちが強いんです」

緊急事態の解除

店内で本を読む宇田智子さん

 5月14日に沖縄を含む39県で緊急事態宣言が解除され、5月18日には第一牧志公設市場も営業を再開した。まちぐゎーに少しずつ賑わいが戻ってゆくだろうけれど、不安もある。休業要請の対象外でありながらも、自主的に休業していたお店も少なくない。県は支援金の給付を発表しているけれど、緊急事態宣言以前から売り上げが落ち込んでいたことを考えると、家賃が重くのしかかり、閉店を余儀なくされるお店も出てくるだろう。

 「コロナ以前であれば、空き店舗が出るとすぐに新しい店がオープンしてましたけど、今はすぐに埋まらない気がして。そうやって歯抜けな状態になっていくかもしれないと思うと、通り会の運営やアーケードの再建にも影響しかねないので、心配ではありますね」

 不安もあるが、希望もある。コロナ禍でほとんどの店舗が休業しているあいだ、まちぐゎーには工事の音が響いていた。松尾19号線では、前回この連載で取材した大城盛一さんが工事を進めていた。アーケードが撤去されたあと、雨や日差しを防ぐためのオーニングを設置していたのだ。

店内の棚に並ぶ本

 「一時はシャッター街みたいになってましたけど、そうやって未来に向かって仕事をしている人たちを見ると、まちぐゎーがこれで終わってしまうわけではないんだと思えたんです。前とは違う形になってしまうかもしれないけど、あのエリアは続いていくんじゃないかと思っています」

 そこまで話したところで、それは私の希望でもあるんですけど、と宇田さんは付け加えた。「市場の古本屋ウララ」は5月25日に営業を再開する予定だ。

(橋本倫史、ライター)

 はしもと・ともふみ 1982年広島県東広島市生まれ。2007年に「en-taxi」(扶桑社)に寄稿し、ライターとして活動を始める。同年にリトルマガジン「HB」を創刊。19年1月に「ドライブイン探訪」(筑摩書房)、同年5月に「市場界隈」(本の雑誌社)を出版した。


 那覇市の旧牧志公設市場界隈は、昔ながらの「まちぐゎー」の面影をとどめながら、市場の建て替えで生まれ変わりつつある。何よりも魅力は店主の人柄。ライターの橋本倫史さんが、沖縄の戦後史と重ねながら、新旧の店を訪ね歩く。

(2020年5月21日琉球新報掲載)